見出し画像

私は、自分のことを臆病だと思っている。
「臆病」という言葉をよく使う。

臆病は、いつも私のそばにいる。

私は、この世界では理解されにくい。

このnoteにも、まだ書いていない私が
たくさんいる。

どこまで出していいのか、
石橋をたたいている。
渡りながら。

だから、私は臆病。

でも、対話の中で、
こんなことを言われた。

「普通、そんなことしませんよね。
    空気、読みますよね。」

あれ?と思った。

私、案外、大胆?

ちょっと、自分に驚いた。
そんなつもりは、まったくなかったから。

相反するようなものが
同居しているのが不思議で、

私の中の「臆病」と「大胆」について、
少し考えてみた。

私は、
自分が本当に納得して、
心からいいと思うものを伝えるとき、
大胆になる。

例えば、
私は、出町ふたばの名代豆餅が大好き。

それを「好き」というとき、
躊躇しない。

民謡みらい探求部も、
講座も、リトリートも、セッションも、
私にとっては、
出町ふたばの名代豆餅と同列。

私にとっては、全部同じ。

私が心からいいと思うものは、
躊躇なく「いい」と言ってしまう。
人に話したくなってしまう。

私の大胆は、
たぶん、そういう感じ。

でも、何に臆病かというと、

本当の気持ち。
受け取ってしまうもの。
考えていること。
思想。
本当の私のままでいること。
そこにいてもいいかということ。

これには、とても臆病。

怖いじゃない、
拒絶されるのって。

そんなふうに、
大胆と臆病が同居しているのかな、
というのが、今のところの私の見立て。

だから私は、
いつも臆病なまま、進んでいる。

石橋をたたきながら、渡っている。
速足で。

そんな感じなのかしら。

変わってるね。
今はそれを、
褒め言葉として受け取ることにしている。

今日も、この世界は思ったより優しい。


いいなと思ったら応援しよう!