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【第10話 】テクノ&ドラムンベースがやっぱりイイ!

元祖テクノのはじまり

70年代にドイツのクラフトワークが電子音楽を使いこれがテクノのはじまり。日本でもYMOがその影響を受けワールドコンサートで一世を風靡した。ドイツは、テクノ発祥の地という関係か分からないが年に1度「ラブ パレード」と言う約100万人以上を集めるテクノフェスティバルを行っている。街中がクラブになり大音響でテクノで踊り狂う祭りのようだ。
で、

私的には90年代以降の
テクノ&ドラムンベースが
好き!

舞台は、アメリカのデトロイト、シカゴあたり。その当時、この地域は、自動車産業が盛んで黒人の労働者も多かったようだ。しかし、その時代は、不況化で街中に失業者が溢れ、いち早く失業になるのは黒人であった。彼らは、生活するためにドラッグなどに手を出した人もいたと言う。そんな生活の中でデリック・メイなどの一部のクリエイターが無機質な繰り返すサウンドを創り建物の一室(ROOM)に集まり楽しんでいたらしい。日本のクラブでは「箱」と呼ぶが由来は「ROOM」からである。その後、そのサウンドが注目を集めデトロイトテクノとしてブレイクしはじめる。そして、新たな音の世界を創りあげる人気DJ、カール・クレイグ、ジェフ・ミルズなど続々場する。

デトロイトテクノからはじめよう

Strings of Life/デリック・メイ(Derrick May)

The Beginning/デリック・メイ(Derrick May)

Loop 2/ケニー・ラーキン(Kenny Larkin)
デトロイトテクノの第二世代?!。デリック・メイの音楽を受け継ぐ。

アメリカで育ったテクノは海を越えて
ロンドンに上陸。
ジャングルからドラムンベースへ進化する。

アメリカのテクノがロンドンに飛び火してロンドンの街なかにクラブが続々とオープンする。その中でもBlue Noteはフロアも大きくロンドンの中心となる。そこから生まれた音楽がジャングルでありドラムンベースだ。その中心にいたゴールディーは、「Timeless」と言う記念すべき曲でドラムンベースをメジャーに押し上げた。ゴールディーは、Metalheadzを創設し数々のDJを育てドラムンベースと言う新たなジャンルを確立し世界へと羽ばたいて行った。主なDJには、ドック・スコット、アダムF、グルーヴライダー、ファビオ、レモンD、ペシェイ、ソース・ダイレクトなどがいる。その他にビョークもBlue Noteで歌っていた。

Timeless/Goldie
ドラムンベースの伝説を創った記念すべき曲。

Music in My Mind Revisited/Adam F

ドラムンベースを牽引する注目の人気DJ!

ゴールディーの影響を受けDJ、LTJブケムは自身のレーベル「Good Looking Records」を創設。ソウル、ジャズ、アンビエント要素を融合した美しいサウンドで注目される。自身のアルバム「Progression Sessiシリーズ」は壮大な宇宙空間を思わせる人気シリーズ。このレーベルからも多数のDJを輩出した。LTJブケムとMCコンラッドのコラボでのライブは圧巻で聴くものを高揚させる。

Live/LTJ Bukem&MC MC Conrad

Music/Peshay

ドラムンベースを進化させる異端児DJ!

ロニーサイズは、ドラムンベース界では異端の存在である。彼が作る音楽はパンク系の要素があるように感じる。実験的な試みでコンピュータ音楽と生演奏の融合の中で特異な音楽を創造しスリリングに展開。グループ「レプラゼント」を率いてマーキュリー賞の受賞した輝かしい経歴もある。

Heroes/Roni Size

Brown Paper bag/Roni Size Represent

かなりジャズ寄りのドラムンベースの老舗

4Heroはドラムンベース初期のころから活動を続けている。特長としてはジャズテイストの楽曲が多い。都会的で流れるようなサウンドが心地いい。生楽器も積極的に取り入れ独自の世界感を創造する職人集団である。

Escape That/4 Hero

Golden Age of Life/4Hero

英国に拡がる多様化する音楽シーン

英国出身のテクノの要素も取り入れたエレクトロニック・ポップグループ「アンダーワールド」。1980年後半からグループとして活動開始。当初は、3人だったが現在は2名となった。映画「トレイン スッポティング」のラストで「Born Slippy.NYXX」が使われメジャーの音楽シーンに登場。その後のアルバムも注目される人気グループとなる。

Born Slippy .NUXX/Underworld 

Two Months Off/Underworld 

フランス生まれのロボットのような最強デュオ

ダフト・パンクは、90年代はじめにフランスからテクノ、ロック、ハウスなどの色々な要素を取り入れた電子音楽デュオとして登場。ロボットのようなヘルメットに手袋という驚きのビジュアルが近未来的で人気を博す。インタビューやテレビ出演のしない変わり者でも有名。2000年にリリースした「ワン・モア・タイム」で世界的なヒットを飛ばし成功を収める。

One More Time/Daft Punk

日本に逆輸入でテクノ旋風を起こす!

日本の代表的なテクノDJはケンイシイ(Ken Ishii)だ。彼は、高校生の時にテクノに興味を持ち自ら創ったテクノをカセットテープに録音しベルギーの有名なテクノレーベルR&Sへ送り衝撃的なレコードデビューを果たす。ヨーロッパで人気を博し、その後、日本に逆輸入で登場。日本のテクノシーンに多大に影響を及ぼす。代表的なアルバム「Jelly Tones」はアニメ映画「アキラ」に楽曲を提供し独自の日本テクノを創り人気を得る。彼に影響を受けたアーティストには、DJ Krush、田中フミヤ、電気グルーブの石野卓球など多数いる。

Extra/Ken Ishii

Shangri-La / 電気グルーヴ
名曲ですね。思った以上に石野卓球は歌がうまい。

昔々、私がテクノ&ドラムンベースに
行きつく険しい道のりの話

80年代は、あまりピンとくる音楽がなかった。どれを聴いてもつまらないと感じる時代であった。何かないかと探しているとテクノと言う新しいジャンルの音楽を耳にした。その当時は、音楽雑誌にも情報が無くレコード店に行ってもコンピュータ音楽ということでエイベックスあたりのユーロビートと同じ扱いになっていたが並んでいるのは本場のテクノとは程遠いものであった。なんとか探しているうちに東京の渋谷のCISCO店にテクノコーナーができたことを情報で得た。東京まで出向きCISCOへ。店員にテクノコーナーはどこですかと聞くと店員はあ~っピコピコねと。小学生が聴く音楽だと。あれ?なんでこのように店員が言ったかというとテクノ音楽はコンピュータゲーム音程度の音楽の認識しかなかった。その時に、数枚のCDを買って聴いた。なんのCDを買ったか記憶がないが初テクノを聴いた。その後、Ele-Kingとかの雑誌が出てテクノ系の知識も少しづつ入ってきた。しかし、その雑誌も途中で廃刊になったと記憶する。情報が途切れた。いろいろ探しタワーレコードの洋書にMUZICと言う雑誌を見つける。この雑誌は、ロンドンで話題のクラブシーンの紹介のほか最新のおススメのクラブ音楽が聴けるCDが付録で付いていた。またクラブの広告が載っておりそれで人気や注目DJの名前を覚えた。それから、テクノ系のCDも徐々に出るようになってきた。その先端を切って発売したのはソニーレコードである。普通は、この手の音楽は、ユーロビートなどのダンス音楽に強いエイベックスかと思いきやエイベックスには全然なかった。その後、テクノやドラムンベースが徐々に人気になって来てやっとエイベックスでも発売するようになった。音楽雑誌のREMIXもはじめはほとんど情報が無かったがクラブミュージックの人気も増えてきてからやっと掲載するようになった。昔々の思い出として、4Heroが来日する情報を掴んで東京に行った。新宿のリキッドルーム。確か、昔のコマ劇場の横の通りの4階か5階だったと思う。古いビルだったと記憶する。開演は夜の10時からで日本のDJが何人か出演し、たぶん午前3時とかから4Heroの登場だった。ステージは、DJのアナログレコードのカッコいいターンさばきに客はそれぞれリズムに合わせ個性的にタコ踊りのように揺れる。新しく今までにない風景があった。ドッとした疲労感と衝撃。耳鳴りがずーっと続きフラフラになりながらマクドナルドで凄いと感動していた。その後、テクノも聴くがドラムンベースを聴く機会が多くなった。なぜかと言うとJAZZを聴いてきた関係でやっぱりJAZZに近い音楽を好んでしまったようだ。今は、アンビエントジャズを少しづつ聴くようになってきた。テクノからまだまだ進化を続けるコンピュータ音楽。まだまだ面白いようだ。

次回は
【第11話】昔々のジャングル(現ドラムンベース)から進化したエレクトロニック・ミュージックまであれこれ!
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