【掌編】BLACKBIRD FLY
だるまストーブにかかったやかんのなかで、水の分子が震えてぶつかりあって、チンチンとかすかな音を立てている。窓の外で、庇の先の雪の固まりが、下に積もった雪の上にぽすっと落ちた。
レコード盤に針を落とすのは、いつだってどきどきした。古いスピーカーから流れるビートルズのブラックバードは、この冬の時間にとてもよく似合っている気がした。子どもだったわたしは、この曲の背景——黒人や女性の権利とか、抑圧からの解放といったテーマは全く知らなかった。
小さいけれど二人で暮らすには少し広すぎる家は、母の好きな物で構成されていた。
一日一回ねじを巻かないと止まってしまう柱時計、海の色のガラスのコップ、琺瑯のミルクパン、モヘアのカーディガン、ムンクの絵はがき、オルゴール、そしてたくさんの本。それは小説、エッセイ、自伝、世界文学全集、画集、写真集、古いVOGUE やアサヒカメラ、マンガ本、絵本など多岐に渡り、雑貨屋で買ってきたインド綿をかぶせたソファで、母はいつもなにか読んでいた。ヘッセだかサガンだか、いやもっと卑近な、P・コーンウェルとかだったかもしれない。わたしはといえば「大草原の小さな家」のシリーズが好きで、雪の上にメープルシロップを落とすと固まってキャンディになる、という描写を試してみたくて仕方がなかったけれど、うちの庭に積もった雪はそこまで綺麗には見えなかったし、実験に使うにはメープルシロップは高級すぎた。そして何より暖かい部屋から出たくなかったし。
台所から漂ってくる甘いにおいはメープルシロップではなくて焼き林檎だ。
母の焼き林檎は、丸いまま芯をくり抜いて、バターとお砂糖を詰めて、ワインを少したらして、シナモンをふりかけ、オーブントースターで焼く。
オーブンなんて高価なものはうちにはなかったから、母はオーブントースターでパンも魚も餅も焼いた。ちなみに電子レンジもなかった。
小さい頃のわたしは食べることがうまくできなくて、味は二の次だったから、母の料理がそんなにおいしくないと気付いたのは高校生くらいだったんじゃないかと思う。
母が作るのは名前のない料理ばかりで、肉とたくさんの野菜を焼いたやつ、焼いてから煮込んだやつ、それを伸びかけのパスタに和えたやつ、などなど。レシピ通り、という言葉が存在しなくて、いつだって創作料理。あれも入れてみよう、これも入れたら美味しいかも、と、目に付くものをどんどん入れるものだから、味がぼやける。子育てにおいて、薄味は正義。塩の代わりにハーブを色々入れたりする。
「ねえ、そんなに色々入れて工夫しなくていいから」と言ってみても、「栄養とれるでしょ」と返ってくるから、根本的に目的地が違うらしい。母も味は二の次だったのかもしれない。
そんな、まずいわけではないけどちょっと残念な母の料理だったけれど、たまにおいしいものもあったと思う。
覚えているのは、バターをのせた焼き茄子(オーブントースター大活躍です)、山盛りのパセリにマヨネーズかけたやつ(料理か?)、ミルク粥(でも一回だけこれに納豆が混ざったことがあって、それにはさすがに抗議した)、そして焼き林檎。
冬の静かな音に囲まれて嗅ぐ焼き林檎のにおいは格別。弾けてめくれ上がった紅い皮にナイフを入れ、さっくり大きく切り分けて、あふれ出した黄金色のシロップをまぶしてかぶりつく。
あの頃、わたしは自分が幸せだと思っていた。母との会話の大半は目的地が違っていたし、ままならないこともたくさんあったような気がするけれど。
今、巨大なビーズクッションにもたれて、息子が本を読んでいる。庭には雪が積もらない代わりに、レモンの木がたくさん実をつける。
二人で暮らすにはやはりちょっと広い家には、息子の好きなものや好きだったものが溢れている。レゴ、プラモデル、ゲーム機、おもちゃの銃、おもちゃの剣、立体パズル、地球儀、ぬいぐるみ、iPad、ボードゲーム、そしてたくさんの本。ゲームの攻略本と図鑑と科学雑誌と小説とマンガとその他いろいろ。
デジタルネイティブな彼との会話はそろそろ私のほうが追いつけなくなってきた。
彼の目的地は遥か遠い。
この子もままならないことはたくさんあるんだろうな、と思いながら、故郷から箱で送られてきた林檎の芯をくり抜いてバターを詰める。大きくて真っ赤なオーブンに入れてしばらくしたら、甘いにおいが漂ってきた。
AI音楽クリエイターの鳩レイバーさんに、このエッセイのイメージで曲を作っていただきました。
ささやかな思い出の、余韻が更に深まる曲を、ご一緒にどうぞ。
