炭鉱の町に眠る涙 ―三笠へ、もう一度―
北海道という土地には、地図には残っていても、もう誰も掘り返すことのない「地層」がいくつもある。 かつて黒いダイヤと呼ばれた石炭を求めて、人々が蟻のように集まり、汗と煙にまみれて生きた町。 そしてエネルギーの時代が音もなく変わっていくと、その町たちは潮が引くように静かに、しかし確実に、人の気配を失っていった。
僕が子どもの頃、テレビのニュースには時々、炭鉱の火災事故が流れていた。地の底で起きる災いは、いつも遠い国の出来事のように、けれど確かにこの北海道のどこかで起きていた出来事として、子ども心にぼんやりとした恐れを残した。
そんな町のひとつに、三笠という場所がある。
■ 父と僕をつないだ、あの道
実を言うと、この三笠には、亡くなった義理の父がかつて勤めていた会社があった。 父はよく僕を助手席に乗せて、三笠へとハンドルを切った。桂沢湖のお祭りへ、幾春別の蕎麦屋へ、そして春には竹の子狩りへ。車の窓から流れる景色は、まるで父が僕に見せたかった「自分の人生の地図」のようだった。あの道を走るたび、父は言葉少なに、けれど確かに、自分の来た道を僕に手渡してくれていたのだと思う。
そして時が流れ、父は病に侵された。 医師から余命を告げられ、ホスピス病棟へと移った父を見舞うため、僕は妻とともに帯広から三笠を抜けて病院へと向かった。 その道すがら、すでに廃業して久しい、父のかつての勤め先の前を通りかかった。 僕はふと、スマートフォンを取り出し、その建物の「今」を撮った。特別な意図があったわけではない。ただ、父に見せたい、という気持ちだけがあった。
病室でその写真を見せたとき、父の目から静かに涙がこぼれた。
その涙を見た瞬間、僕は「しまった」と思った。 枯れかけた木に、わざわざ冷たい水をかけてしまったような、そんな後悔が胸を締めつけた。父の人生そのものだった場所を、僕は無邪気に、四角い画面の中に閉じ込めて見せてしまったのだ。あの涙の意味を、僕はまだ、うまく言葉にできずにいる。
■ 静かになった町を、もう一度歩く
そして今日、久しぶりに車を三笠へと走らせた。 妻の御朱印集めに付き合う、というごく普通の目的だった。目指すは幾春別。
かつて炭鉱で栄えたというその町は、まるで潮が引いたあとの浜辺のように、静まり返っていた。 人の住まなくなった家々が、歯の抜けた口のように点在し、そこかしこに「かつて、ここに暮らしがあった」という余熱だけが残っているようだった。

炭鉱の遺産を巡りながら、僕は改めて、北海道という土地の重みを感じていた。 この地面の下には、かつて命を懸けて石炭を掘り続けた人々の汗が、今もどこかに染み込んでいるのだろう。そしてその上澄みのような形で、僕たちの「今」という生活が成り立っている。

帰り道、父のかつての勤め先があった場所を通った。 だが、建物はすでに取り壊され、どこにその会社があったのか、僕にはもう分からなかった。 まるで、大きな消しゴムで、そこだけ丁寧に消し去られてしまったかのように。
その「何もない場所」を車窓に見たとき、不意に、あの病室での父の涙がよみがえってきた。
■ 消えた建物、消えない涙
建物は壊せる。看板は下ろせる。会社は廃業できる。 けれど、あの日、父の頬を伝った涙だけは、誰にも、何にも、壊すことができない。
三笠という町から、炭鉱という産業の記憶が少しずつ風化していくように、 やがてこの町の姿を知る人も、少しずつ少なくなっていくのだろう。 けれど、僕の中で、父が涙した、あの一瞬だけは、風化しない。 むしろ年月が経つほどに、あの涙の意味が、じわりじわりと、僕の胸の奥深くで発掘され続けているような気がする。
炭鉱の町は、地下に眠る資源を掘り尽くして、静かに眠りについた。 けれど人の心の中の炭鉱は、たとえ地上の建物がすべて消えてしまっても、 掘れば掘るほど、まだ温かい何かが出てくるものらしい。
もう二度と、あの会社の前を通ることはできない。 道はあっても、目印はもうないのだから。 けれど、僕はきっと、これからも三笠を通るたびに、 父が涙を見せてくれた、あの一瞬を、そっと胸の奥から掘り起こすのだと思う。
それだけで、もう十分だ。
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