【読書感想】大学図書館がゼロからわかる本 学生のための図書館活用法/大野 友和 (編集)/日本図書館協会
【読んだきっかけ・出会い】
本書は2005年に発行している。この本が出た当時、AIがここまで急速に発達し、表舞台に立つ未来を想像した人は少なかっただろう。副題には「学生のための図書館活用法」とあるが、社会人や高齢者、子どもではだめなのかと考えてしまう。残念ながら、大学図書館は公共図書館のように誰にでも開かれた場所ではない。
私の生活圏にある大学図書館では、一般登録に2年間で2000円が必要。貸出は5冊までという制限がある。レファレンスサービスを通じて相互貸借が成立すれば、大学図書館の資料を借りる道もあるが、時間も手間もかかるので現実的じゃない。そう考えると、本書の想定読者が大学生に限るのは避けられない。
【作品から受け取ったこと】
大学では今もレポートが課され、卒業前には卒業論文の提出が続いている。早い段階から文献を読み漁り、四苦八苦する学生の姿が浮かぶ。しかし、それは目的と手段が入れ替わっていないか、という問いも生む。
今ならAIが、かつて人間が時間と労力を費やしていた調査の多くを肩代わりする。そう考えると、本書が勧める「早い段階から図書館を使う」という前提は、時代の流れで揺らぎ始めているように思えた。効率やスピードを求めてAIを使いこなせ、その上で人間にしかできないことをやれ、という要求は、結果として人への負担を増やしていく。
【感じたこと・考えたこと】
私は、専門図書館の存在意義、そして「図書館という空間の湿度」について考え始めた。ただ本を読むだけなら公共図書館で十分だ。専門図書館には「そこへ行かなければならない理由」が必要になる。
大阪府に住む私が、AIに専門図書館を三つ挙げてもらうと、大阪府立中之島図書館、大阪府立国際児童文学館、司馬遼太郎記念館が出てきた。前二つは理解できるが、なぜ記念館なのかと首をかしげる。司馬遼太郎に特化した資料があるとはいえ、貸出は行っていないはずだ。
その点を指摘すると、今度は大阪市立中央図書館を挙げた。理由は「5階の専門書フロア」だというが、調べると会議室だった。AIは実際の情報と食い違うことがある。注意が必要だと改めて感じた。
条件を限定して再度尋ねると、三つ目としてドーンセンター(大阪府立男女共同参画・青少年センター)情報ライブラリーが出てきた。所蔵は図書約43,000冊、行政資料約13,000冊、雑誌約1,750タイトル、視聴覚資料約1,800点。これなら専門図書館と呼べるだろう。AIが誇らしげな顔をしていそうだ。最初からこれを出せ、というツッコミは飲み込んでおく。
ただ、いずれの専門図書館も私の住まいから遠い。交通費を払って行く価値があるか、徒歩だけで向かえば足が棒どころか爪まで内出血しそうだ。仮に貸出を受けても、返却のために再び交通費がかかる。その場でアナログメモに書き写し、黒猫のルパンのように去るかどうか、というレベルになる。私の住む市内で専門図書館は存在しない。
未知の専門図書館に足を運ぶことで得られる刺激は確かにある。しかし、それは一発芸に近い。長く付き合うことを考えると、一気に腰が重くなる。「そこまでして行く価値があるのか?」という問いがのしかかるからだ。
大学図書館の場合は近さにある。たとえ5冊まででも、2000円を払って登録し、地下書庫のような本の墓場に挑み、自動消灯という孔明の罠を警戒しながら、書庫という戦場でビビりながら探す体験をすでにしている。だからこそ、電車に乗ってまで行く専門図書館とは何なのか、と考えてしまう。
大阪府立国際児童文学館は、交通費に加えて万博公園の入場料も必要。往復すると千円を超える。他の二館も大阪メトロを使う必要があり、労力に見合うかどうかは正直いって厳しい。
【今の自分への影響・持ち帰ったもの】
私はやらない理由探しをしたいわけではない。ただ、無理なく長く付き合えることを大事にしたい。心身の限界で、仕事を辞めた経験があるからだ。
そこまで行く負担が大きいなら、専門図書館は遠い存在として割り切り、いざというときは市内のレファレンスサービスに頼る。最寄りにある分館で取り寄せを活用し、大学図書館では空間そのものを味わいながら本を借りる。この二本立てで十分ではないか。
今の自分にとっての「足るを知る」は、きっとここにある。
