家の裏に秘密基地を作っていた子供だった私へ
子どもの頃の私は、なぜか隙間が好きだった。
部屋の隅。
机と棚の間、窓際の、ほんのわずかな空間の中で、よく本を読んでいた。
机と椅子があるのに、なんでそんなところで本を読んでいるのか、と親にはよく言われた。なぜそんなところにいるのか、わからない様子だった。
あるいは、公園の、植え込みとフェンスの間。
ツツジとツツジの間の、わずかな空間。
かくれんぼをしていたわけでもないのに、そういう、微妙に周囲からは見えないところに、ひっそりと座りこんでいた。
座りこんだ場所の上には樹木が茂っていて、葉と葉の間から、ぼんやりと青空を眺めていた。
他の、遊具で遊んでいる子たちを見つめていた。
地面に視線を落として、せっせと餌を運ぶアリを見たりもしていた。
一体そこの、何が良かったのか。
狭いけれど、ひとりになって落ち着けるような空間が、ほしかったのかもしれない。
***
年齢が上がると、そういう狭い場所に「巣」を作ることを考え始めたように思う。
小学校低学年〜中学年くらいだっただろうか。
自分の家と、隣の家の塀との間に、勝手に秘密基地を作り始めた。
絵本の『14ひきのあさごはん』が好きで、木の中にあるような家に、憧れがあったのだと思う。
家と言っても、普通の住宅街にあるような家だったから、絵本に出てくるような大きな木はなかった。
木はなかったけれど、手入れのできていない隙間のような空間に、雑草はびっしりと生えていた。
最初に初めたのは、そこの雑草をせっせと抜くことだった。
学校から帰ってきたら、家の敷地の隅っこで、暗くなるまでその場所の雑草を抜いていた。
今考えると、「何をやっているのか」と思わなくもないが、当時の私は真剣だった。
そして、雑草の中でも背が高くなっていたもの(ヨモギ、ヒメジョオンなど)はより分けて取っておいていた。
より分けられたヨモギたちは、葉を取り除き、茎だけにしたものを集めていく。
ある程度本数が集まったら、平らに並べ、ひもで結んでいく。
そうすると、板状の「屋根」になりそうものができるので、複数作ってさらに並べ、結んでいく。
出来たら、今度は茎を複数集めて、「柱」になりそうなものを作る。
4箇所に柱を立て、その上に屋根を乗せ、なんとなく、「家」っぽいものを作る。
出来上がった「家」は、お粗末ではあった。
木の枝は手に入らず、雑草だけで作ったのだから、まあそれはそうだ。
けれど、自分だけで作ったその「家」は、「自分でも、自分の家を作れるんだ」という、確かな喜びと満足感があった。
実際に住めるわけでも、その中に入れるわけでもなかった。
誰に見せるわけでも、誰を呼ぶわけでもなかったけれど。
あの時、あの隙間に自分だけの「巣」を作った私は、ただただ、喜びにあふれていた。
楽しかった。
あの頃の体験が、今、こうしてnoteを書いている私の原型な気もする。
何かの間と間が好きなところ。
人が来ない隙間に、自分だけの秘密基地を作ろうとするところ。
作りたいものがあったら、自分で作ろうとするところ。
今こうして振り返ってみても、何をしているかはさっぱりよくわからない。
わからないけれど、「今とやってること同じじゃないか」とは、自分としてはしみじみ思う。
違うとすれば、noteは私だけではなく、いろいろな人がいる街だということくらいだろうか。
それでも、noteの自分のアカウントは、自分の庭みたいなものだから。
無意識だったけれど、もしかしたら私は、子供の頃から、自分がほしい場所は、自分でつくってきていたのかもしれない。
(了)
66週ライラン企画、参加中です。
66週ライラン裏メニュー📖66個の書くお題より、No.11
た、楽しかった〜!!!
今回は珍しく(?)、書いていてめちゃくちゃ楽しかった話でした。
この話は、このお題がなければ日の目を見ることがなかった可能性がそこそこある話でもあるので、書けてよかったです。
マガジン等への回収は不要です。どうぞお気になさらず。
問題ないと思いますが、
念のため。
ふぅ。それでは今回はここまで。
一回休憩〜お茶でも飲みましょう〜。
みなさんも、無理なさらず。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。
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