「土台」があるから、自由に遊べる|創作大賞感想
創作大賞の感想、と思ったのですが、出てくる言葉がありませんでした。
(ありませんでした、と書くわりには、このあと長々と書いています。矛盾……。)
私が路地裏に出会ったのは、ごく最近のことです。
その頃には、すでに電子書籍も出版されており、#なんのはなしですか出版記念パーティーの開催も決まった後でした(たぶん)
諸々の出来事の渦中にいたわけではなく(そもそも出会ってもおらず)、新参者として、隅っこにこっそりお邪魔して楽しんでいたのが、私にとっての路地裏でした。
だからでしょうか。
何かを言葉で表すには、あまりにも歴史がありすぎる、と感じていました。
なんとなく、雰囲気が盛り上がっていることはわかっても、楽しそうだなぁと思いつつ、私には何も書けないな、と思っていました。
(それなのになんで指笛やってるんですか、と聞かれたら、返す言葉がありません。おっしゃる通りです。)
それでもやっぱり、「創作してくれてありがとうございます」と思っているので、この文章を書くことにしました。
人は、「土台」があるから、自由に遊ぶことができる、と思っています。
私が好きな漫画である、『ハイキュー!!』の教えです(違ったらすみません)。
わかりづらくても、「土台」があること。
それがあって初めて、人は自由に遊べる、と思います。
何もないところで「自由に遊んでいいよ」と言われても、案外何をしてよいのか、わからなかったりします。暗黙のルールで、意外とダメなことがあったりもします。
創作の世界で、自由に遊べる、とは、すなわち楽しんで遊べることなのかな、と最近は思います。
正しいことや、役に立つこと、表現が豊かで、誰かに突き付けるもの。すべて大切なことですが、それを最初から同じ土俵に立たせて比較すべきではないと考えています。
プロの作品を読み、それを面白いと思うのは、大半が素人だということを忘れてはいけないと思います。
だからこそ、そこに憧れながら、楽しく遊べる場所は必要だと思っています。一生に一度でも書くことに向かおうと思った心を折る前に、楽しむことが出来る居場所があって良いと思っています。
役に立つことも、誰かの共感を呼ぶことも、読まれるためには必要なことかもしれません。
まったく読まれなくてもいい、と言い切ることができるのなら、私はたぶん、noteの世界で書いていないでしょう。
それでも、#なんのはなしですか のタグで遊びながら、私が気がつかされたのは、「何がおもしろいのかは、あまりにも人による」ということでした。
書いている私には何がおもしろいのかいまいちわからなくても、おもしろいと言ってくれる人がいる。
自分は一体何をやっているのか、と思う記事にも、コメントをくださる方がいる。
楽しんで遊ぶために、読まれることが必ずしも必要かと聞かれたら、わかりません。
それでも、私がこんなことを書けるのは、そもそも #なんのはなしですか という「土台」を創作してくださったからだ、と思います。
ごちゃごちゃ書きましたが、やっぱりこれがすべてかな、と思います。
考えることはいろいろあってごちゃ混ぜのままではありますけど、やっぱり楽しくておもしろいです、路地裏。
***
……と、いう路地裏の話をしたところで、一緒に書きます。こちらの作品の方が、さらに言葉が出なかったからです。
おもしろかったんです。しかし、言葉が出ません。
おもしろい、おもしろいのに、今まであんまり読んだことがないタイプの小説のせいか、どう言語化したらいいのかが、わからなくなったんですよね。
うーん……。
…………。
………………………………。
しばらく悩んだ結果、描くことにしました。
作中に出てきて、私の心を掴んだ厚焼き玉子を。

それにしても、厚焼き玉子って、描くの難しいですね。
なんかこう、もうちょっと出来立て感を出したかったです……!湯気、ムズイ。
あと焼き加減とか、玉子の色とか。
あの美味しそうな感じを伝えきれている気がしないのですが、
これが今の画力の限界です。
夏バテだけども食べたい、厚焼き玉子。
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