お釈迦様以外の仏様は宇宙人!? 和尚さんが語る、仏像が“そっくりさん”な本当の理由
お寺を訪れると、様々な仏像が私たちを静かに出迎えてくれます。
奈良の大仏様、鎌倉の大仏様…。優しそうな顔、厳しい顔、色々なお姿がありますが、ふと「あれ?なんだか顔が似ているような…」と感じたことはありませんか?
そして、そもそも「仏様(如来)」って、全部で何人(何柱)いらっしゃるのでしょうか。
今回は、そんな仏像に関する素朴な疑問についてのお話です。
さとるくんと和尚さんの対話に耳を澄ませてみれば、仏教が描く、私たちの想像をはるかに超えた壮大な宇宙の姿が見えてくるかもしれません。
「仏様の数はガンジス川の砂よりも多い」さとるくん、宇宙のスケールに驚く

「和尚さん、ねぇ、仏様って世界中に何人くらいいるの?それとさ、仏様ってみんな同じような顔をしてない?」
本堂の大きな仏様を見上げながら、さとるくんが和尚さんに尋ねました。
「お釈迦様、奈良の大仏様、鎌倉の大仏様、阿弥陀様…。うーん、あとは薬師如来っていうのも聞いたことあるな。観音様も仏様?」
和尚さんはにこりと笑って答えます。
「ほう、よく知っておるな。ただ、観音様は『菩薩(ぼさつ)』様といってな、仏様になるために修行中の、いわば『仏様候補生』なんじゃ。我々を救ってくれる、とてもありがたい存在じゃが、最高の悟りを開いた『仏様=如来(にょらい)』とは、少し立場が違うんじゃよ」
「へぇ、そうなんだ!じゃあ、『如来』様は何人いるの?百人とか千人くらい?」
「いやいや、そんな数ではないぞ」
和尚さんは、少し得意げな顔で言いました。
「お経の中にはな、『恒河沙(ごうがしゃ)』と書いてある」
「ごうがしゃ?」

「インドにはガンジス川という、とても大きな川があってのう。その川にある砂粒の数よりも、もっとたくさんいらっしゃる、という意味じゃ」
「ええーっ!そんなに!?」
さとるくんは目を丸くします。「どこにいるんだろう…」
「仏様はな、この地球という狭い場所だけではなく、広大な宇宙のあちこちにおられるのじゃ。そしてな、さっきさとるくんが言った『みんな同じような顔』というのも、良いところに気がついた」
「やっぱり、みんなそっくりさんなの?」

「うむ。それにはちゃんとした理由がある。実はな…」
和尚さんは、さとるくんの耳元でそっと言いました。
「我々人間の中から仏になられたのは、歴史上、お釈迦様ただお一人なんじゃ」
「えっ!?じゃあ、阿弥陀様とか薬師様は…」
「そうじゃ。この地球に、人間の姿で現れた仏様は、お釈迦様が初めて。いわば『初登場』じゃな」

さとるくんは、何かとんでもないことに気づいたかのように、大きな声で叫びました。
「わかった!じゃあ、他の仏様って、別の星の人…宇宙人ってこと!?」
和尚さんは、その言葉に「まあ、そういうことになるのかもしれんなぁ」と、楽しそうに笑うのでした。
「如来」と「菩薩」の違いから解き明かす、仏様の“お顔”と“宇宙観”

さとるくんの「宇宙人!?」というユニークな発見。あながち、間違いではないのかもしれません。
エピソードで語られた仏様の秘密を、仏教の教えから少し詳しく見ていきましょう。
1. 無限に存在する仏様と、壮大な宇宙観
和尚さんが語った「仏様の数はガンジス川の砂の数よりも多い(恒河沙)」という話は、仏教の広大な宇宙観を示しています。
仏教では、私たちが住むこの世界(娑婆世界)だけでなく、宇宙には無数の仏様がそれぞれ治める世界(浄土)が存在すると考えられています。
これを十方世界(じっぽうせかい)といい、阿弥陀如来の西方極楽浄土もその一つです。宇宙のどこにでも救いを求める声があり、それに応えようとする慈悲の存在(仏様)がいる、ということの現れなのです。
2. 仏像のお顔が似ているのはなぜ?
仏像のお顔が似ているのには、明確な理由があります。それは、仏像が「三十二相八十種好(さんじゅうにそうはちじっしゅごう)」という、仏陀だけが持つとされる理想的な身体的特徴に基づいて造られているからです。
◆頭の盛り上がり(肉髻:にっけい)≫ 優れた智慧の象徴
◆眉間の白い毛(白毫:びゃくごう)≫ 光明を放ち、世界を照らす
◆手の指の間の水かき(縵網相:まんもうそう)≫ すべての人々を漏らさず救いとる
など、その特徴の一つひとつに深い意味が込められています。歴史上の人物であるお釈迦様も、この特徴を備えていたとされ、他の如来像もこの理想の姿をモデルにしているため、皆よく似たお姿になるのです。
3. 「人間の仏」と「宇宙の仏」
さとるくんが気づいたように、歴史上の人物として、この地球上で悟りを開かれたのはお釈迦様ただお一人です。
阿弥陀如来や薬師如来は、別の世界(浄土)におられる仏様であり、私たちのいる次元とは異なる存在です。
仏教ではこれを三身説(さんじんせつ)という考え方で説明することがあります。

◆応身(おうじん)≫ 人々を救うために、人間の姿で現れた仏(例:お釈迦様)
◆報身(ほうじん)≫ 修行の功徳によって仏となった、浄土にいる仏(例:阿弥陀様)
◆法身(ほっしん)≫ 宇宙の真理そのものである、形を超えた仏
つまり、阿弥陀如来などは、さとるくんの言う「宇宙の仏様」と考えることもできるのです。
誰も見たことがないそのお姿を、私たちが唯一知る「仏の姿」であるお釈迦様をモデルにして表現している、というわけですね。
仏像のお顔が似ているのは、それが人類の到達しうる最高の「理想の姿」だから。
そして、仏様が無限にいるのは、私たちの想像を超える広大な宇宙のどこにでも、救いを求める声と、それに応える慈悲が存在するからなのです。
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