「千早城」 ~楠木正成の不落城~ [日本100名城No.55]
大阪府の千早城を訪れました。
鎌倉時代末期、幕府を倒すため後醍醐天皇方の楠木正成が金剛山一帯に、下赤坂城・上赤坂城などからなる城塞群を築き、本城の上赤坂の背後に築いた詰城が千早城です。
千早川の渓谷を利用し、三方を絶壁で囲まれた山城で、背後には金剛山が控える要害の地です。
尾根上に配置された13の曲輪と、尾根につながる稜線上に配置された9の曲輪で構成されています。
1333年1月28日、20万の鎌倉幕府軍は進軍を開始し下赤坂城が落城。上赤坂城は1ヶ月の籠城戦の末、水を絶たれ落城。
残すは1,000人ほどが籠城する千早城のみとなりましたが、寄手に大石や大木を投げ落とし矢を射かける奇策や、夜襲と徹底的なゲリラ戦にあい、寄手は多数の死者を出し続けました。
籠城は100日にもおよび、幕府軍が千早城に釘付けとなっている間に、新田義貞が挙兵し鎌倉幕府は滅亡へと追い込まれることとなりました。
たった1000人弱で、11万人の幕府軍を寄せ付けなかったという“難攻不落”の城で、敵の手に「落ちない」ということから、受験などで「落ちない」というパワースポットになっています。
■アクセス■
・南海バス 金剛登山口バス停から、徒歩約20分
■料金■
・無料
スタンプは、「まつまさ」にあります。




