【小説】いつか扉が閉まる時(3)
私が幼い頃、母は父と離婚した。
高収入の父は結婚後、何度話し合っても専業主婦にならない母のことを受け入れられなかったようだ。
結婚した時にお互い未来をきちんと見てなかったのね、と母は私が高校1年生の夏に詳しく話してくれた。
その後、父は国外勤務となり、現地で再婚して子どももいるらしい。その父の家族と私は会ったことがない。父は養育費を振り込んでくれているが、それ以外のアプローチはない。
私に会いたくないのかと子どもの頃は悲しかったが、今は養育費だけでもありがたいのであまり気にしないようにしている。
母は昔から教師の仕事は素敵だと自慢していた。
私に教師を目差してほしかったのかもしれない。
ただ、私が小学校低学年まで午後6時半には帰っていた母だったが、次第に帰宅が遅くなる。
1人で留守番できる年ではあったが、寂しい日もあった。帰ってきた母が疲れているのを知っているから、話を聞いてもらうのを遠慮してしまう。時には土日のどちらかいないこともある。
教師のなり手が減っていると新聞で読んだけれど、こんな働き方が普通ならそうなって仕方ないかもしれない。
食後の母のチョイスはやはりゼリーだった。
読み通りだったが、その反面、誕生日くらい好きなものを食べれば良いのにと残念にも思った。
次の日はいつも一緒にお昼を食べるあずさに断って、昼休み開始直後まっすぐに図書館に行く。
鍵は開いていて、中で田辺先生が仕事をしていた。あいさつだけしてカウンターに入る。
この時間はまだ皆、たいてい昼食中だ。
早弁か食欲不振か、あるいは昼休みの教室にいたくないのかはわからないが、数人はいつも昼休み最初から図書館の机で読書をしている。誰もカウンターには近づいて来ない。
目当ての日誌を開いた。
昨日の「疲れた」の一言から遡ると「図書館5時間 本受け入れ」など、仕事内容が箇条書きされている。
でも「図書館5時間」って何だろう。
もっと遡ると「図書館◯◯時間」とその日の作業が記されている。作業は私に見当つくものからそうでないものまで、簡潔に書かれている。
先生、こんなに色々な仕事をしていたんだ。
全然知らなかったと思うと同時に、焦る気持ちでスクロールしていく。
自分でも理由はわからないが、この日誌を読んでいることを誰にも知られたくない。
でも、あと少しで今日の当番が来てしまう。
毎日こんなことをしたくないが日誌は気になる。放課後に図書館が開いていたらゆっくり読めるのに…と思って画面を見ていると左上に「ファイル」とある。ファイルボタンを押すと「テキストデータ外部出力」とあるので押してみた。
するとデスクトップに白いメモ帳形式のファイルができた。
開くと白い画面にたくさんの文字。
日誌のテキストデータだった。
これはUSBさえあれば持って帰れる!図書館だよりや委員会の資料を作る時に、図書委員用のUSBを使ったことを思い出して探す。
カウンターの奥の引き出しに確か…あった!
急いでUSBを挿しこみ、データを切り取って貼り付ける。
副委員長でよかったと思った瞬間だった。
そのまま日誌を閉じて、当番が来るまで私は貸出返却や利用者の「犬の写真が載っている本ある?」なんて対応に追われた。
SHR後すぐ家に帰ってパソコンにUSBを挿し、データを切り取って貼り付けた。このUSBは後日返せば問題ない。
日誌を遡って1年分くらい見たが、書かれているのは概ね「図書館◯◯時間」とその日した作業とメモだけだった。
作業は自分の仕事記録なのか、後任者への覚書だろうか。
・本の受け入れ作業(手首ストレッチ必須)
・本屋でチェックした本、ネットで内容確認後、見計らい
・書庫整理(特に科学・医学で情報の古い本除籍)
・作ったPOP、リビングに忘れた
・図書館だよりネタは先日読んだ本の紹介
・国語科の先生へのレファレンス 俳句の解説が幾つか見つからないので他校に問い合わせか、公共図書館に寄る
リビング、というのは先生の家のことだろうか。ひょっとして家でも仕事をしていた?
本屋にも度々行って図書館の本を選んだと書いてあるから、プライベートでも仕事をしていたようだ。
読み進めると大方の作業が繰り返しなので、早送りのようにカーソルを上に遡らせる。
昨年の春休みは「利用者データのクラス替え」と書かれていた。ということは春休みには藤井先生も生徒の新クラスを知っていたのか。
なんて思いながらカーソル「上方向」ボタンを押して遡って昨年度の3月初旬。
「私は専任の司書でいたかった。勤務時間内外問わず、100%の司書でいたかった」とだけ書かれている。
(続く)
