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終わってから毛布を二枚買った


重いものは、腕ではなく床で運ぶ

パッケージ型の消火設備を運ぶことになった。

これは、重量物運搬の正しい手順書ではない。
フォークリフトもパワーゲートもない現場で、二人で作業することになり、あとから「何が足りなかったのか」を見直した記録である。

見た目は、大きな箱だった。

けれど、ただの箱ではない。

中には容器があり、配管があり、扉があり、表示灯がある。
壊してはいけない部品がある。
重さも、人間が気軽に持ち上げていいものではなかった。

最初に見たのは、車に入るかどうかだった。

キャラバンの間口を測る。
高さは約1560mm。
幅は約1300mm。

対象物は、推定で高さ1400mm前後、幅700mm前後。

数字だけ見れば、入る。

でも、そこで終わらなかった。

入ることと、運べることは違う。
載せられることと、降ろせることも違う。
運べたことと、次も同じように運んでいいことも違う。

この差が、現場に着いてから身体の近くまで来た。


フォークリフトはなかった

現場にフォークリフトはなかった。
パワーゲートもなかった。
作業人数は二人だった。

この時点で、持ち上げる作業ではなくなった。

二人で抱えて上げようとすると、腰で受ける。
指を挟む。
途中で止められない。
片方が先に力を抜いた瞬間、荷物が人間の方へ来る。

だから、持ち上げるという選択肢を捨てた。

まず、キャラバンを対象物の近くまで寄せた。

人間が荷物を車まで運ぶのではなく、車の方を荷物に近づける。
それだけで、持ち上げる距離が減る。

車を寄せた。
荷物を運ぶ前に、距離を消した。


間口に当て布を敷いた

次に、キャラバンの間口に当て布を敷いた。

金属の角に直接当たると、車も本体も傷む。
途中で引っかかると、姿勢が崩れる。
力が止まる。
止まった力は、人の腰や指に戻ってくる。

だから、間口に布を一枚入れた。

それから、対象物をキャラバンの間口に立てかけるように寝かせた。

完全に地面から持ち上げるのではない。
間口を受けにして、対象物を斜めに預ける。

その瞬間、キャラバンの開口部は入口ではなくなった。

一度受ける場所。
角度を変える場所。
力の向きを変える場所。

車の間口は、入口ではなく支点になった。


ラッシングで引いた

そこから、ラッシングを使った。

固定するためではなく、まずは引くためだった。

人間の腕で全部を持つのではなく、ラッシングで引く。
どこを引けば動くのかを見る。
どの角度なら車内へ入っていくのかを見る。
どこが当たると止まるのかを見る。
どこが滑ると危ないのかを見る。

少しずつ、キャラバン側へ引き込んだ。

やっていたことは、持ち上げではなかった。

車を寄せる。
間口に布を敷く。
対象物を立てかける。
ラッシングで引く。
支点と角度を使って、寝ている重量物を車内へ移す。

フォークリフトがないからといって、人間がフォークリフトになるわけではない。

人間の身体が壊れないように、車両と布とラッシングで、持ち上げなくて済む通り道を作った。


木材を四方角にかませた

車内に入れたあと、本体の四方角に木材をかませた。

四隅の木材は、荷重を受ける。
床を守る。
角が直接食い込むのを防ぐ。

でも、木材を置いたから止まるわけではない。

木材が本体に当たっていても、木材ごと滑れば意味がない。
本体を見るだけでは足りない。
本体の下を見る。
木材の下を見る。
床との関係を見る。

重いものを止めるというのは、対象物だけを見ることではなかった。

その下にあるもの。
そのさらに下にあるもの。
そこまで含めて見ないと、止まっているように見えるだけになる。


ラッシングは掛かっていた

ラッシングは掛かっていた。

赤いベルト。
緑のベルト。
上から押さえる力。
斜めに引く力。

その場では、なんとか固定したと思った。

でも、あとから見返すと、少し違う。

ベルトを上から掛けると、固定した気になる。
けれど、上から押さえるだけでは、前後方向の動きは見えにくい。

急ブレーキを踏めば、荷物は前へ行こうとする。
発進や上り坂では、後ろへ下がろうとする。
カーブでは、左右へ振れようとする。
段差では、少し浮こうとする。

それぞれ、動こうとする方向が違う。

赤いベルトが何を止めていたのか。
緑のベルトが何を止めていたのか。
青い方向の力をどこで受けるのか。

ラッシングは、ただ掛けるものではない。
荷物が動こうとする方向を読んで、その反対側へ引き戻すものだ。


固定点が足りなかった

概念図を見返していて、いちばん残ったのはここだった。

足りなかったのは、ラッシングベルトの本数だけではない。

止めたい方向に対して、信頼できる固定点を先に設計しておくべきだった。

前へ行こうとするなら、後ろへ引き戻す点がいる。
後ろへ行こうとするなら、前へ引き戻す点がいる。
横へ振れようとするなら、左右で受ける点がいる。
浮こうとするなら、上方向の動きを抑える点がいる。

そう考えると、トラックの荷台に引っ掛ける点が多い理由が少し分かった。

あれは、ただ便利だから付いているのではない。
荷物が動こうとする方向ごとに、力を返す場所が必要だからだ。

固定点とは、紐を掛ける場所ではない。
荷物の動きを床へ逃がすインターフェースだった。

今回のキャラバンには、積む空間はあった。
でも、重量物の動きを受けるための固定点は十分ではなかった。

だから次は、ベルトだけを増やしても足りない。

どこから引くか。
どこへ力を返すか。
車両側に固定点を持つのか。
荷物側の台座に固定点を作るのか。
仮設床そのものにアイボルトや引き点を持たせるのか。

そこから考えないといけない。

ただし、アイボルトを付ければ終わりでもない。

その固定点は、どの方向の荷重を受けるのか。
何kgまで耐えるのか。
取り付けている母材が負けないのか。
引いた瞬間に、板金や木材ごと壊れないのか。

固定点は、点ではなく構造だった。


走り出す前に押した

走り出す前に、本体を押した。

前後に動かないか。
左右にずれないか。
木材が逃げないか。
ベルトが緩んでいないか。
赤いランプに当たっていないか。
角でベルトが擦れていないか。

確認した。

それでも、走っている間は気持ち悪かった。

重いものは、黙っている。
でも、止まっているわけではない。

急ブレーキを踏めば、前へ行こうとする。
カーブを曲がれば、横へ行こうとする。
段差を越えれば、少し浮こうとする。

荷室の中で動いていないように見えるものも、ずっと力を受けている。

重いから安心なのではない。
重いから、一度動いたら止まらない。


終わってから毛布を二枚買った

作業が終わったあと、毛布を買った。

一枚880円だったので、二枚買った。

作業中にあったら、かなり楽だったと思う。

重いものを少し滑らせて位置を調整できたかもしれない。
車内の床や内装をもっと守れたかもしれない。
本体の角を逃がせたかもしれない。
ラッシングが角に食い込む場所にも使えたかもしれない。
表示灯や扉面の養生にも使えたかもしれない。

終わってから買った。

その順番が、今回の反省そのものだった。

作業を通ってから、足りなかった床が見えた。

現場では、やっている最中には足りないものが見えないことがある。
荷物を載せる。
ずれないようにする。
人間の身体で受けないようにする。
どうにか車内へ入れる。
走れる状態にする。

そこまで終わってから、ようやく「あれがあればよかった」と分かる。

今回の毛布は、その一つだった。


毛布だけでは止まらない

毛布は、たかが毛布ではない。

重いものと車内の間に入る。
重いものと人間の身体の間に入る。
角とベルトの間に入る。
床と対象物の間に入る。

一枚入るだけで、現場の硬さが変わる。

でも、毛布は止める道具ではない。

毛布は、当たりを逃がす。
傷を防ぐ。
滑らせる。
位置を調整しやすくする。

だからこそ、走行中に下へ敷きっぱなしにすると、逆に滑る床になるかもしれない。

本体の下に毛布がある。
急ブレーキを踏む。
本体は前へ行こうとする。
そのとき毛布が、保護材ではなく滑走面になる可能性がある。

本体そのものは重い。
だから、一度滑り始めたら、人間の手では止められない。

毛布は逃がす。
ゴムは止める。

作業が終わってから、次に必要なのはゴムだと思った。

角材の下に入れるゴム。
本体と木材の間に入れるゴム。
支点が逃げないようにするゴム。
床に対して木材ごと滑らないようにするゴム。

毛布は、現場の硬さをやわらげる。
ゴムは、動こうとする力を止める。

同じ「下に敷くもの」でも、役割はまったく違った


起こすことが、まだ残っている

載せたら終わりではない。

降ろすことが残っている。
起こすことが残っている。
置くことが残っている。

寝かせた重量物を起こすとき、人はつい持ち上げようとする。

でも、それを腰で受けたら危ない。

やるべきことは、持ち上げることではない。
下端を支点にして、倒れている箱を回転させることだ。

このとき一番怖いのは、下端が滑ること。

支点が逃げれば、本体は予想外の方向へ動く。
足を挟む。
指を挟む。
腰で受ける。
車内を壊す。
本体の部品を壊す。

だから、起こす前にも床がいる。

角材。
ゴム。
安定した地面。
倒れる側に立たない人の配置。
途中で止められる人数。
声を出す人。

載せるための床だけでは足りない。
降ろすための床もいる。
起こすための床もいる。


次は、なんとかしなくて済むようにする

今回、なんとか運搬はできた。

でも、結論は「なんとかできた」ではない。

次は、なんとかしなくて済むようにする。

現場で即興的に床を作るのではなく、最初から床を持っていく。

毛布。
ゴムマット。
角当て。
木材ストッパー。
追加のラッシング。
コンパネ。
固定点。
荷下ろし場所の確認。
起こすときの支点。
作業人数。
可能なら、フォークリフトかパワーゲート。

これらは、便利道具ではない。

身体の前に置くものだ。

重いものを扱うとき、人間の身体だけで受けてはいけない。
身体の前に、床を作る。
摩擦を作る。
支点を作る。
拘束を作る。
固定点を作る。
逃げ道を作る。

その上で、ようやく人間が触っていい状態になる。

重いものは、腕ではなく床で運ぶ。


サーカスも、運搬も、同じところに戻ってくる

サーカスの現場でも、同じことをしている。

テントを立てる。
道具を運ぶ。
座席を組む。
舞台を作る。
人を通す。
観客を入れる。
撤去する。
元に戻す。

どれも、腕力だけでは成立しない。

どこに重さがかかるか。
どこが滑るか。
どこを支点にするか。
どこを固定するか。
どこから引くか。
どこへ力を返すか。
どこを逃がすか。
どこが壊れたら、人に当たるか。

それを見て、床を作っている。

今回の重量物運搬は、単なる買い物や積み込みではなかった。

いつも見ている「床」が、かなり物理的な形で出てきた出来事だった。

次は、なんとかしなくて済むようにする。
現場で身体を守るのではなく、最初から身体を守る床を持っていく。

重いものは、腕ではなく床で運ぶ。

この一文は、運搬の話でもあり、現場の話でもあり、サーカスの話でもある。


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