パンデミック・ウォーズ(第9話)対立の源は何?治療薬開発の救世主現る!
第9章 対立の源
サピオフロースの開催日になった。
気乗りしないながらも、少しでも治療薬開発のヒントが得られればと、19時前10分にはパソコンの前に座り、招待リンクをクリックした。
画面に並ぶ参加者の顔。
「えー、みなさま、本日もお集まりいただきありがとうございます。本日は、事務局の河瀨に代わり、私が司会進行を務めます。不手際がございましたらご容赦ください」
珍しく三木谷教授が開会の挨拶をした。やはり琉斗は研究室に来ていないのか。
「本日は、なぜ新型コロナウイルスが発生したのかについて、生態学を中心にしながらも、科学的知見を離れ、哲学、社会学に至るまで、学術横断的に議論したいと思います」
今日の議論はこれまでとは傾向が違うようだ。
「今日はゲストスピーカーをお呼びしています。まず、沖縄動植物科学大学の進化生態学教授、石松隆先生より、ご講義を頂きたいと思います。石松先生のご略歴です。石松先生は……」
三木谷教授が石松先生の経歴を紹介すると、参加者の拍手がパソコンのスピーカーから聞こえてきた。
拍手が終わるころ合いを見計らって、石松隆と名前が載った枠の人物が頭を下げた。
「三木谷先生、過分なご紹介をありがとうございます」
三木谷教授も頭を下げた。
「18世紀の産業革命以降、工業化により二酸化炭素を始めとする温室効果ガスの排出量が急増し、地球の温暖化が加速しました。22011年から2020年の10年は、観測史上、もっとも気温の高い期間となりました。みなさまもご存知のように、この気候変動により、世界各地で異常気象が起こっています」
僕はこの夏の豪雨を思い出していた。まるでスコールのように突然降り出す大雨に人々は困り果てた。その前の年は、西日本で豪雨災害があった。地球温暖化は他国の話ではないと感じた夏だった。
「この地球規模の気候変動は、自然界へも影響を及ぼしました。南極の氷河の流出、洪水、干ばつ、海水温度と海面の上昇。挙げればキリがありません」
石松教授が生態系のスライドを共有した。
「この気候変動のため、まさにこれまでの1,000倍のペースで生物種がこの地球上から絶滅しているのです。さらに100万種が、数十年以内に消え去ると言われています」
画面に絶滅寸前の動物の写真が映る。
「新型コロナウイルスは、中国のコウモリ、すなわち齧歯類からヒトへと感染した動物由来感染症です。これはどういうことでしょう」
石松先生はここで言葉を区切り、画面の中の参加者を見渡した。
「コロナウイルスは生態系からのメッセージに他ならないと、私は思うのです。生態系を保全し、持続可能な地球環境を守りなさいという、自然からのメッセージなのです」
パチパチパチ……。
参加者が拍手する。しかしオンラインだと、拍手はおざなりに聞こえた。
「違う!パンデミックは自然からの警鐘なんかじゃない!」
僕は声に出して言った。
コロナウイルスは、本来なら、それほど感染力が強いウイルスではない。たとえば1類感染症のエボラ出血熱やペスト、ラッサ熱のように致死率が高いわけではないのだ。
複雑になった社会。多様化した価値観。
どんな価値観を持っても自由だと言うのなら、パンデミックが起こっても、いや非常時こそ、僕らは互いに尊重すべきだったのだ。それなのに、多くの人が感染対策のエビデンスよりも、同調圧力にコントロールされてしまった。僕らは命か経済か、ワクチンを打つか打たないか、いちいち対立し、いがみ合った。
政府はあらゆる局面で迅速に決定できす、人々は国の曖昧なアナウンスに右往左往した。
一般の人を諭すようでいて、一部の専門家はエビデンスを振りかざし、僕のように科学的な情報にアクセスできない人々の無知をあげつらい、罵るようになってしまった。
コロナの不安に付け入って、詐欺まがいの吹聴をしてお金をだまし取る者も現れた。 フェイクニュースやデマ、陰謀論をSNSに流したり、マスクを外して街を練り歩くデモさえ起った。
みんながストレスを抱え、思いやりを忘れ、同調圧力に従わない人を攻撃した。
コロナが自然からの警告だっていうのか。
もしそうなら、自然はコロナウイルスに人間を襲わせて、あざ笑っているのだ。エボラのように感染したらすぐに死に至るような強力なウイルスでなく、コロナのように、感染しやすいが、そうそう死ぬことのないウイルスをつくり出したのは、自然か神が、人間が慌てふためく様を見たかったからではないのだろうか……。
僕はそれ以上、議論を聞く気分になれなかった。
僕は三木谷教授に向けて「具合が悪いので今日はこれで退出します」とチャットに書き込んで送信し、返事も待たずに退出した。
こんな時でも、母さんはスケジュール管理はしっかりと行っていた。明後日は児童精神科の診察日だった。僕は濃厚接触者なので、そもそも自宅から出られないが、病院も第3波が来たのを受け、オンライン診療を開始していた。母さんが病院と電話で連絡を取り、僕のオンライン受診の許可をもらい、その手続きをしてくれた。
診察の時間になった。いつも診察室で向かい合っている佐伯先生が、今日は画面の中にいる。いつもと少し勝手が違うと感じたが、すぐに慣れた。
「駆くん、お父様、大変だったね」
佐伯先生が声をかけた。父さんがコロナに感染し、しかも重症化して入院中であることはニュースでも流れているので、先生が知っていてもなんらおかしくない。しかし実際、他人が身内の容体を知っているのは気持ちの良いものではなかった。
「入院してますから……、当然面会もできませんし、どういう状態なのか、詳しくはわからないんです」
「駆くんは体調はどう?変わりない?」
「ええ、熱もないし、今のところ大丈夫そうです」
「それならよかったわ」
「お父様のこと、ツイッターでいろいろ言われてるわね。駆くん、大丈夫?」
僕はうなずいた。
「あんまりにもひどいコメントが多いんで、今回ばかりは私も頭に来てる。位田先生のやっておられることは、誰にでもできることじゃないわ。誹謗中傷するなんて、お門違いもはなばだしいわ」
僕は黙ったままだった。
「駆くん?」
画面の中の先生が首を傾げ、カメラに近づいた。
おそらく、父さんへの誹謗中傷には、僕こそ怒っていて、自分の話に乗ってくると思っていたのだろう。
「聞こえてる……よね? フリーズしてるのかな?」
聞こえている。別に通信不良なんかじゃない。
「先生、僕」
「うん?あ、聞こえてたのね」
先生のホッとした表情を気に留めず、僕はこう思いを吐露した。
「僕……、間違ってたんじゃないか……って思うんです」
「間違ってた?」
「僕は、今まで、SNSでエビデンスを発表したりするのは、ノブリス・オブリージュだと思ってたんです。人よりも高い知能を持つ人間の……、なんていうか、義務というか。でも、本当はそうじゃなかったんじゃないかって……」
オンラインだと沈黙と傾聴の感覚を読み取りにくい。でも、先生が画面の中でじっと耳を傾けてくれているのがわかった。
「僕は二元論に陥ってました。物事を良いか、悪いかだけで判断し、科学論文を理解できる人とできない人って、人を区別していました。理解できない人を、僕はひょっとしたら見下していたのかも知れないんです……」
「ツイッターでのことね?」
佐伯先生が質問を差し挟む。しかしこれは質問というより、相槌だろう。
「そうです。ツイッターでは相手の顔が見えないのをいいことに、僕は何の良心の呵責もなく、叩いていました。あれは、間違った行動でした。それに……」
僕は大きく息を吐いて次の言葉を継いだ。
「父がコロナにかかって、呼吸状態が悪化して、一刻の猶予も許さない状態になって、保健所や政府、医療機関に立てつく人の気持ちがわかるような気がしたんです。僕も保健所の対応の遅さには腹が立ちました。僕もみんなと一緒になって、保健所の文句をツイッターに書きこみたくなったんです。なぜ保健所が逼迫しているのか、頭ではわかっていたのに。これまでは、ツイッターの書き込みを見て、なんでこうも物の道理のわからない人間がたくさんいるのかと思っていたのに」
僕はここ数日、わが家に降りかかったことを思い出しながら話した。
「当事者になってみて、初めてわかったことがあるということね」
「そうです。だから……、だから、僕は……、僕は間違ってたんです」
僕はやっとの思いで言葉を絞り出した。
そして、自分が書いたゲノム設計図を思い出していた。
すると、先生がハッキリと回答した。
「ううん。駆くんは何も間違ってなんかいないわ」
僕は弾かれたように目を上げ、画面の中の先生を見つめる。
「駆くんは何も間違っていないわ。駆くんは学んだの。コロナの騒動の中、間違いを犯したんじゃなくて、学んだのよ」
学んだ……。
僕は小さく復唱した。
「コロナパンデミックが起こって、確かにいろんな差別や偏見、対立が起こったわ。一部では過激な言動を取った人たちもいるわね。でも、前も話したと思うけど、ただ、未知のウイルスが発生しただけで、誰かが悪いことをしたわけじゃないのよね。何をどう判断し、行動していいのか、誰にも正しい答えがわからない中、みんな不安を抱えて懸命に生きてきた。みんなコロナで傷ついたのよ。そしてみんなただ、自分や大切な人を守りたかっただけじゃないかって、私は思ってる」
先生が淡々と語る。僕はそれにじっと耳を傾けながら、何度も何度も頷いた。
先生が安心したような微笑みを浮かべた。
「だからね、駆くん。自分を責めることはないわ」
オンライン越しに僕たちの目が合う。
「自分を信じるの」
僕は大きく頷いた。
オンラインだとマスクなしで会話できるんだな、と、この時ふと思った。
やっぱり、人と話すときは、リアルで向かい合って、ちゃんと目を見て、口元を見て話したい。人とのつながりを、今ほど感じたことはなかった。
新聞配達の音で目が覚めた。眠りについたのは2時過ぎだったはずだ。カーテンの隙間からは街灯の光が漏れている。外はまだ暗い。僕はぼんやりと薄暗がりを見つめていたが、いつの間にか眠ってしまったようだ。
次の眠りは深かった。久しぶりに、ぐっすり眠れたという感覚があった。目を覚まして時計に手を伸ばすと、9時近くになっていた。
いけない。こんな時間まで寝てしまった。
こんな時でも僕は母さんに怒られることを気にして、足音を立てないよう、そろそろとリビングに下りた。
「駆、遅かったね。昨日は眠れなかったの?」
リビングに入ってきた僕を見るなり、やっぱり母さんが咎めるような目を向けた。
昨日は落ち込んでいるように見えた母さんだったが、今朝はいつも通りだった。こういう一面を見ると、母さんが元「リケジョ」だったことを思い起こさせる。理系の知識は感情をコントロールする作用もあるのだろうか。
「こんな時こそ早寝早起きしなきゃダメよ。夜更かしは精神衛生にも良くないわ。規則正しい生活をして免疫を高く保って、感染しないようにしないとね。わかった?」
母さんが僕の目を見て言った。マスク越しだと睨まれているように感じ、急に心細くなった。
母さんがテレビをつけた。やはりNHFだ。
その時、母さんのスマホの着信音が鳴り響いた。
母さんがスマホを耳に当て、「はい位田です」と答えた。
相手が何か話している声が漏れ聞こえる。聞き耳を立てていたわけではないが、ECUMOという単語が聞こえたような気がして、僕はドキッとした。母さんを凝視する。
「そうなんですか!ECUMOを……。そんなに悪いんですか?」
ECUMOという言葉が確実なものとなり、僕は父さんの身に起こっていることを悟った。一瞬で血の気が引く。
まずコロナで肺炎に進行した場合、呼吸機能を補うため酸素投与が行われるが、それでも重症肺炎に至り、自発呼吸もままならなくなった場合は、人工呼吸器の適応になる。人工呼吸器を付けるということは、自分の力で呼吸できないほど重症だということだ。多くの場合麻酔で鎮静されるので、意識がない。
実は、一昨日、父さんに人工呼吸器を装着すると主治医から説明を受けていた。装着に伴い鎮静されたため、意識はないというが、面会もできず、本人に会っていないので、まだ事態を深刻なものとして受け止められていなかった。そこにECUMOの話だ。
人工呼吸器を装着しても呼吸状態が改善せず、さらに肺炎が進行したら、ECUMOの適応になる。
ECUMOとは、コロナ禍でよく耳にするようになった治療法だ。人工呼吸器でも酸素が足りないような最も重症な患者に行われる、いわば最終手段だ。イメージとしては透析の機械を思い浮かべるといいだろう。透析は腎臓の代わりに体から毒素を除去する対外循環装置だ。
ECUMOは、人工臓器の肺のバージョンだ。ポンプで機械的に患者の体から血液を抜き、人工肺を使って血液に酸素を送り込み、患者の体に戻す装置だ。
それに、やろうと思っても、ECUMOはそう簡単に行える治療法ではなかった。ECUMOの機械自体、国内の台数はわずかだし、専門の知識と技術を持つスタッフがいなければECUMOは回せない。どこででも行える治療法ではなかった。しかし、父さんが搬送されてた聖母マリア医療大学は、幸いECUMOを回せる施設だった。
そんな高度な医療機械を使うのだから、状態はよくなると思うだろうが、実際はそうでもない。ECUMOの適応になるということは、相当状態が悪いということなのだ。ECUMOを装着したからといって、回復する見込みが高まるとは言い難かった。ECUMOに賭けるというか、これ以上の治療法はない状態なのを覚悟する必要がある。
それでも、僕は父さんがECUMOの適応になってしまったことに、膝から崩れ落ちそうになった。
父さんが……。
僕は、ECUMOのカテーテルの中を、父さんの暗赤色の血液が流れ、ぐるりぐるりとポンプで回されるシーンを想像した。呼吸状態が悪く酸素交換がうまく行われていない血液は、どす黒い。血液が赤いのは健康だからだ。
僕は強烈な罪の意識を感じていた。
自分がやったこと、自分の能力を、そしてこの自分を、今この瞬間、僕は呪った。
次の瞬間、「今年のノーベル賞が決まりました」とうキャスターの声が耳に飛び込んできた。
「ノーベル化学賞は、『CRⅠSPY‐Cab5』を開発したスタンモード大学のスティーブン・ザックマン教授です」
まるで現実の世界に引き戻されたかのような感覚だった。
僕はテレビを振り返った。画面にスタンモード大学の建物が映る。アイビーリーグらしい、歴史を感じる重厚なレンガ造り。
「CRⅠSPY‐Cab5とは、新世代のゲノム編集技術です。これまでの遺伝子改良は、何代にも渡って品種を掛け合わせて望ましい改良を得ると言う、いわば偶然に頼った方法でした。しかしCRⅠSPY‐Cab5は、狙った塩基配列を正確に編集することができます。パソコンで文字を書くように、遺伝子を切り取ったり貼り付けたり自由に操作できるのです。この技術で、ゲノム編集の精度は格段に飛躍しました。CRⅠSPY‐Cab5の技術を応用すれば、環境の変化に強い農作物をつくったり、ガンや難病治療にも活用できるなど、様々な分野で革新を起こすと言われています。その功績が、今回のノーベル化学賞の受賞に至りました」
なんだって?ゲノム編集技術?
「これまでのゲノム編集技術では自然まかせだったことが、このCRⅠSPY‐Cab5では人間の思うとおりにコントロールできるようになるわけですね」
サブキャスターが応答する。
「ええ。これまでの遺伝子組み換え技術では、やってみないとどの遺伝子が替わるかわかりませんでしたが、CRⅠSPY‐Cab5では狙い通りにゲノムを編集出来る点が革新的だと言われている理由です」
キャスターが説明する。
「受賞したザックマン教授が、今回NHFの取材に応じてくれました。それでは、教授のインタビューです」
スタジオより画質が悪い画面に切り替わった。取材はオンラインで行われたのだろう、初老の男性が画面に現れた。ザックマン教授なのだろう。教授の背景には、ぎっしり本が詰まった天井までの本棚と、瀟洒なインテリアが映っている。自宅からなのだろうか。
白髪交じりの髭をたくわえたザックマン教授が、柔和な表情を浮かべて語り始めた。
《みなさんもよくご存知だと思いますが、日本にはMAMORU IDENという素晴らしい研究者がいることを私も知っています。10年前、彼は私たちの大学の研究室に留学していました。その時、守が、黄色ブドウ球菌の持つ酵素が遺伝子をカットすることを発見ました。それの原理を使ったのがこのCRⅠSPY‐Cab5です》
キャスターが感銘を受けたようにうなづく。
「位田先生が発見した遺伝子をカットする酵素と、ザックマン教授の自由に張り付ける技術を掛け合わせて開発したのが、CRⅠSPY‐Cab5なのですね」
目を輝かせるザックマン教授。
《ええ。そうです、守の発見がなくてはCRⅠSPY‐Cab5は誕生しなかったでしょう。守は本当に粘り強い男でした。愚痴を吐かず、来る日も来る日もただ黙々と顕微鏡をのぞいていました。私にはあの彼の背中が忘れられません。私は彼の背中に大和魂を感じました。MAMORUの執念がなければ、おそらくこの技術は実現しなかったか、実現にあと数十年かかったでしょう。今、彼は日本をコロナから救うため奮闘していると聞いています。彼に敬意を示したい》
MAMORU IDENって、父さんのこと?
僕の脳裏で何かが弾けた。
そうだ!CRⅠSPY‐Cab5を使って治療薬を開発しよう!
CRⅠSPY‐Cab5を使って、感染した患者の体内のコロナウイルスのゲノムを切り刻み、それ以上ウイルスが増えないようにすればいいんだ!
父さんがスタンモードに留学していたこと、ゲノム編集技術の研究をしていたことが線でつながる。
「CRⅠSPY‐Cab5に、そしてアメリカに、ザックマン教授に賭けよう!」
僕は、主治医からの知らせを受けて茫然としている母さんを置いて、階段を駆け上がり、部屋に飛び込むとパソコンを立ち上げた。
父さんのパスワードを使ってEメールを開き、アドレス帳を確認する。
父さんのアドレス帳には、欧米や中国、アジアなど、世界中の研究者と思われる名前がズラリと並んでいる。
スティーブン・ザックマン……。
S、S、S……。Aから順にアドレスを探す。
あった!受信ボックスにも、教授とやり取りしている形跡があった。今回のCRⅠSPY‐Cab5についても二人は話題にしていた。父さんが「大丈夫だ」と言っていたのは、最初から治療薬の開発にこの技術を使おうと思っていたからだろうか。
僕はキーボードを弾いて教授にメッセージをしたためた。
《現在流行しているイデンドル株の治療薬の設計図を考えました。父さんも一緒に開発していましたが、残念ながら父さんはコロナに感染し、今ICUに入院しています。一刻も早く開発したい。しかし、僕にはこれ以上、開発を続ける資金も技術も設備も何もかもありません。父さんは治療薬の開発にCRⅠSPY‐Cab5の技術を活用することを想定していたようなのです》
アメリカ東海岸は、今、20時頃だろうか。まだ寝る時間ではない。教授はひょっとすると大学の研究室か、あるいは自宅に戻ってくつろいでいる時刻だろう。
気づいてくれ……。お願いだ……。両手を握りしめた瞬間、受診ボックスに印がついた。
《おお、MAMORUの息子!アメリカにいた時、彼は君の写真をいつも胸のポケットに入れていたよ。研究室で我々にそれを見せながら、いつも君のことを話していた。賢くて聡明な、自慢の息子だとね》
父さんが、そんなことを……。僕は目頭が熱くなった。
メールの相手は、アメリカで父さんと肩を並べて研究をした人だ。
もっとスタンモードでの父さんの話を聞きたい。しかし今はそんな時間はない。
《もう設計図は完成しています。ただ僕たちには的確にゲノムを編集する技術がありません。それに、日本でやっていれば最低5年はかかりますが、アメリカならきっと開発から承認から臨床使用まで3か月でできるはずです。父の容体が良くないのです。お願いします。研究の続きを教授が引き継いでくれませんか?》
薬というものは、研究室で開発し、ハイ、患者さんに投与しましょう、というわけにはいかない。第Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ相試験が行われ、認可まで数年単位の時間がかかる。欧米各国に比べ、日本で薬を開発すると、承認されるまで特に時間がかかるのだ。アメリカは何においてもスピーディだが、医療品の開発も日本の比ではなかった。
ザックマン教授の返信を開く。教授は快諾してくれた!
僕はいそいでゲノム設計図を圧縮ファイルに納め、パスワードをかけた。
カチッ。僕はついに、アメリカのザックマン教授の元に設計図を送信した。マウスをクリックする時、僕は思わず「行けっ!」と叫び、拳を握りしめた。
治療薬は、ザックマン教授のゲノム技術CRⅠSPY‐Cab5を用いて、最速の1か月で開発され、承認までこぎつけた。
アメリカで開発された特効薬は、日本でも特例で承認された。第3波はピークを迎え、感染者数は全国で3万人に達し、重症者も100人を越えていた。病床使用率も限界を越えており、日本の医療は待ったなしの瀬戸際だったのだ。これで厚生労働省が認可に時間をかけるというなら、僕がブチ切れて暴徒化してしまうところだった。
「日本で一番最初に、主人に投与してもらえませんか?」
母さんは主治医に電話で申し出た。
「治験的な意味もある投与第一号です。本当に効くのか、副作用はないのか誰かが第一号にならなければなりません。主人に意識があれば、きっと自分に試してほしいと言うはずです。主人に投与してくださいませんか?」
母さんの意向は病院から厚生労働省に伝えられた。そして、開発された治療薬は、日本で最初に父さんに投与されることになった。
ゲノム開発された治療薬と言っても、投与方法は簡単だ。ディスポの注射器に詰められたほんの5㏄の液体を、針で静脈に刺して注入するだけだ。
投与の朝、主治医から母さんに電話が入った。
「本日、位田先生に治療薬を投与します。時間は10時の予定です」
「わかりました」
母さんは静かに返事をした。
治療薬は主治医の手で静脈注射され、5分もたたずに終了したと聞いた。
