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詩|鳥の声
カゴの中に、鳥がいる。
鳥は、カゴの中が窮屈に感じたから、カゴが在ると、認識するようになった。
鳥にとっては、私の自由を阻むものとして、カゴが存在している。
しかし、もし鳥が、カゴの中の暮らしに満足していたら?
別に、外の世界に出ていく必要を、感じていないとしたら?
むしろ、カゴは私を擁護してくれるものだ、と感じるだろう。
私たちは、自由でありながら、そのいっぽうで、不自由でもある。
まず、私という存在そのものが、国や文化というカゴの中に在る。地域や学校、家という、カゴも存在している。
そして、多様性だ、個性だ、言論の自由だと言われながら、和を大切にだとか、承認欲求はみっともないだとか、他者の目というカゴも在る。
しかし、このカゴのせいで私は不自由なのだと、悪態をつけるのもまた、法や医療インフラ、公的セーフティネットというカゴに守られているからである。
そんなことを何ひとつ知らないまま、カゴの中で、呑気に歌っている鳥も居る。
カゴとは、いったい何か。
カゴから飛び出そうとしている鳥は、いったい、どこへ行こうというのだろう。
この鳥にとって、カゴから飛び出すことは、挑戦か。それとも、逃避か。
もしかしたら、カゴから飛び出ても、カゴの中で生きても、私たちの行動は、たいして変わらないのではないか。
カゴとは、いったい何か。
カゴから飛び出すことと、カゴの中で一生を終えることの境界が、私には、よく見えなくなってきているのです。
