毎日がはじめまして
「お前は、毎日がはじめましてやな」
京都駅で待ち合わせをしていた夏の蒸し暑い日、先輩は私の顔を見るなり言った。
一緒に働くようになってから、4か月ほどが経っていたと思う。その人は同じ部署で働く6歳年上の先輩で、部署の中でも一番関わることが多く、毎日顔を合わせていた。念のため言っておくと、これは記憶を失ってしまう人の話ではない。
私は年上の人とどのように関わったらいいのかわからなかった。先輩と会話をするなかで、何か粗相をしていないか、失礼にあたらないか、今先輩は何をしてほしいと思っているのだろうか。ずっとそんなことばかり考えていた。先輩と少し和やかに話せたとしても、翌日になると「おはようございます」と深々と頭をさげたりしている自分がいた。今思えば、先輩も扱いづらい後輩だっただろう。それでも、嫌な顔ひとつせずに笑って言った。
「お前は、毎日がはじめましてやな」
たしかに内気で人見知りなところはあるが、このような思考回路になってしまうのには理由がある。中高一貫校に通っていて、6年間なぎなた部に所属していた。小学生のときに見たドラマで、漫画家あだち充の「H2」が大好きだった。そのとき目にした、主人公、国見比呂の幼なじみの雨宮ひかりが着ていた袴姿に憧れたのが、入部のきっかけ。けれども、そんな単純な理由で入部するには、あまりにも浅はかだった。
そこは完全なる縦社会で、上下関係を重んじるところだった。先生や先輩が言うことは絶対で、いつもピリピリとした空気が漂っていた。ついこの間まで、のほほんと過ごしていた小学生が、中学生となった途端、いきなり厳しい社会にぎゅーっと押し込まれたような感じでとまどった。けれどもまだまだ素直なので、そこでの歪なルールに抵抗することなく順応していく。いや、むしろそうせざるをえないのだと悟るのだが。
なぎなた部の掟のなかに、驚くべきマイベスト3がある。1つ目が、先輩の前では歯を見せて笑ってはならない。2つ目が、先輩がゴミを拾ったら、「もらいます」と言って、すかざすもらいに行く。そして、3つ目が、合宿のお風呂は3分で出ろ(体はシャンプーの泡で洗うべし。時間短縮になるから)。
先輩の前で歯を見せて笑ってはいけないというのは、なんとも絶妙だなと思うのだけれど、先輩が話すことに対して、真顔や無言でいていいわけではなく、面白いことを言っているだろうとされるタイミングでは、大笑いではなく、歯を見せず(小)笑いをしなければならない。さらには、自ら先輩に話しかけてはならないというルールもあった。
先輩の行動に目を配り、気を配り、常に先輩ファースト。先輩に何も雑用をさせてはならないので(雑用をさせてしまうと後でお叱りがある)、張りつめた糸のようだった。これは部活中だけでなく、部活外の時間もだった。
「全校生徒の先輩に挨拶をする」というルールも。休み時間や通学路で会う先輩と思われる人に「おはようございます」「こんにちは」と言わなければならない。挨拶をしていなければ、先輩の友達から先輩の耳に「あの子挨拶なかったで」と告げ口されることもある。恐るべしチームワーク……。
先輩の前で笑ってはならないという掟は、休み時間も継続中だ。あるとき私が友達と休み時間にふざけて大笑いしているところに、先輩と出くわすという事件が起きた。冷や汗をかきつつ、笑みを必死で消してご挨拶。友達は私以上に「すみません…」と謝ってくれる。理解があって助かった。それに先輩は意地悪なわけではないので、「むしろ、ごめんな!」とは言ってくれる。こんな感じで監視の目が、部活以外の時間、全校生徒からあった。
これが体中に染みついているので、大学生、社会人となっても先輩との本来の関わり方がわからない。サークルやゼミでもたくさんの先輩に出会ったけれど、私にとって先輩は雲の上のような存在だ。ところが、友達は先輩に向かって「何やってんすか!」とか、「またその話ですか~もういいですって~」などと、本気なのか嘘なのかわからないことを次々と口にしている。そんな様子をヒヤヒヤしながらうかがっていたけれど、まさかの先輩はすごく楽しそうだったのだ。
「先輩と友達になれるの!?」と、私には衝撃だった。
なぎなた部のときは、ある意味、先輩を敬い奉ってさえいれば良かったのだけれど、大学という社会のなかでは全く使い物にならず、このままでは生き残れないのだと悟った。けれども、友達みたいに「またその話ですか〜」なんて、とてもじゃないけれど言えない。それでも少しでも自分のやっかいな性質を緩めようと頑張ってみたけれど、どこまでもぎこちなかった。当時の口癖は「とんでもないです」とか、「(先輩が何かやってくれようとしたら)やっていただいてすみません。変わります」ばかりだった。きっと先輩からみても、可愛げのない後輩だったと思う。
だから先輩の言葉に戸惑いつつも、予想外のプレゼントをもらったようなくすぐったさがあった。うれしかった。自分の嫌なところを、こんなにもポップでキャッチーに受け取ってもらえるなんて。先輩は、私のこの面倒な性格を悪いものとは捉えなかった。むしろそれは「お前の個性だ」と言ってくれたのだ。先輩の懐の広さとユーモアに救われた。
これまでずっと、“どう振る舞うのが正解なのか”を探してきたのだと思う。けれど、人との関係を築くうえで、正解があるわけではないというそんな当たり前のことに、先輩の言葉でようやく気づいた。関係性というのは「わたし」と「あなた」でつくっていくものだ。
私は私のままでいいのかもしれない。閉ざされていた頑丈な扉が少し開いて、ひゅーっと心地よい風が通った気がした。
それから数年が経ったあるとき、社内の他の先輩とご飯に行った。会話がはずんで、そのままカラオケに行き、楽しい時間を過ごした。その先輩も、私が必要以上に気を遣いすぎてしまうことをなんとなく理解してくれていた。
「このご飯が終わった後にしばらくして会ったら、また人見知り発動してるやろうな(笑)」
「今度会うときは、また、はじめましてからのスタートなんで、よろしくお願いしますね!(笑)」
こんなふうに言って笑えるたび、あの先輩にもらった一言を、今でも思い出す。
