小さな旅
わたしはときどき、特に用事もなく近所をぶらぶらと歩くことがある。
わりと頻繁に引っ越しをしてきたほうなのだが、どこに住んでいようが、日ごろ用事のないところには行かないわけだ。そのため近場でも全く歩いたことのないところがある。特に住宅街なら尚更ではないか。
あえて普段通らないところを探して歩いてみる。近所だけど全く知らないところ。まだ知らない土地の匂いを楽しみながら歩く。
そのようにして歩いていると,ふと胸に何かがよぎることがある。あれ、今のふわっとしたもの、なんだろう…。掴もうとした時には余韻だけ残して去っていてわからない。
どこかで見た光の色…空気の匂い…。どこかで経験した何か。無理やり言葉にしたらそんな感じだろうか。
自分の中の何と紐づいているのだろう。それが一体何なのか、いつの記憶と結びついているのか…輪郭も中身も全て曖昧なまま昔に引き戻される様な…。言葉にしがたい、なんとも言えない気分になる。
そんなときは時間の感覚がふわっとゆるむ気がする。自分の年齢も、立場も、住んでいる場所も、すっと抜けてしまうような感覚に陥ってしまう。
ありふれた言葉を使えば、これは『癒される』という体験なのかもしれない。しかしながら、いわわゆる『リラックス』とは違う。
なんだか、もう少し痛みを伴うもの。
そして帰ってきた後は、何か自分の中の滞りが流れるかのような気分にもなる。そして時間の感覚がゆるんだときの浮遊感に近い感覚のも余韻を引きずる。ほんのひとかけらの切なさがすっと入ってくるかのような感覚。
なんだか、近所を歩いただけなのに、旅に出て帰ってきたかのような気分になる。たいてい不意の思いつきで歩き出すのだが、その思いつきの時からきっと始まってるんだろうな。
振り返ると、日常に潜む、非日常を見つけることで何かがいつも生まれてきたように思う。散歩中の『時間がゆるむ感覚』もまたそうだと思う。
日常や、自分の生活の中の小さな動きの中に潜むものを発見し自分の中で大切にしていきたいと思う。
きっとそれが知らず知らずのうちに形になり、私を通して外へ出て、人々と、周りを取り巻く世界と、繋がっていくのではないかとも思うのだ。
