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第3界 フタリカラ

とある建物の中、姉弟は"大きな荷物"を抱えて歩いていた。

「襟曲がってる!」

「良いって……」

自動ドアの前で姉である美宇は弟の快の襟を直していた。

快は嫌がりながらも受け入れている。

そして自動ドアが開くとそこには受付らしきお姉さんがいた。

「おはよう御座います、今日はよろしくお願いします!」

お姉さんは快に挨拶した後、美宇に頭を下げた。

「いえいえ、勉強の一環ですし」

そう言って持ってきた荷物を預けると施設の奥に入っていった。

「こんにちは〜」

快を差し置いて元気に挨拶する美宇。

奥の部屋には快と同年代の少年少女が数名待機していた。

「あ、みう姉さん!」

「着いてくるんですか?」

少年少女たちは美宇の周りに集まり楽しそうにしている。

「もちろん、楽しそうだしね!」

明るく彼らに振る舞っている姉を見て快は何を思ったのだろう。

「はぁ……」

複雑そうな表情を浮かべながら席に座った。

するとそこで声を掛けられる。

「よぉ、来たな?」

それは瀬川だった。

彼もここに来ていたのである。

「うん、ちょっと準備に時間かかって遅くなったけど」

「ギリギリセーフだから大丈夫だろ!」

時間は間に合っていると言い背中を叩く。

するとそこへ職員がやって来て全員に言った。

「皆んな揃ったのでそろそろ行きまーす!」

その掛け声で瀬川は気合を入れるような素振りを見せる。

「よっしゃ!釣り堀バーベキューだ!!」

これから彼らはこのメンバーで釣り堀を借りてバーベキューをしに行く。

何の集まりか、それはこの施設の看板を見ればすぐにわかる。

ここの看板には"若者支援センター"と書いてあった。

障害やネグレクトなどで上手く生活できない若者を支援し居場所になってあげる施設である。

『XenoMessiaN-ゼノメサイアN-』

第3界 フタリカラ

釣り堀までの移動は中型バスで行く。

その道中、快はバスの席でスマホを見ていた。

画面には愛里とのLINEのトーク画面が写されている。

『愛犬のロンとお散歩いってきたよー!』

写真が添付されてメッセージが届く。

私服姿の愛里と大きなシベリアンハスキーが写っていた。

『もう老犬だけどまだまだお散歩大好きだよ!』

そんなメッセージを見て快も自分の現状を伝えたくなった。

「"今釣り堀に向かってます"……っと」

そう返事をするとすぐに返って来た。

『家族で?』

正直に言うなら家族とではない。

しかし快は何故かここから返事をするのを躊躇ってしまう。

「っ……」

その様子に瀬川が気付いた。

「お、なんか最近仲良いみたいだな」

快から愛里の話は聞いていたためどんなものかとトーク画面を覗き込む。

するとそこにはこう書かれていた。

『うん、家族で』

快はわざわざ愛里に嘘を吐いていたのだ。

「家族でじゃねーだろ、みう姉はいるけどさ」

それに対し快はこう答える。

「じゃあここの事どう説明する?どんな人達が集まる所なのか……」

「あ……」

「もしそれで障害者だって知られたら?一気に嫌われるかも、最低でも距離開けられちゃうと思う……」

それが快にとっては心配なのだ。

せっかくヒーローという話題で距離が縮まったと言うのに。

瀬川はなんとか空気を明るくするために言う。

「で、でも与方さんってそんな薄情な人に見えるか?ってか俺はお前の事情知ってるけど距離開けてないぜ?」

しかし快にとっては慰めにもならなかった。

「それはお前も同じだからだろ……」

瀬川も同じ発達障害者なのだ。

「あぁ、確かに俺もグレーゾーンだけどADHD持ってるし親とも問題あったりするから理解できるってのはあるな……」

少し反省してしまう。

「でもお前と仲良くしたいと思ったのはそこだけじゃないぜ?じゃなきゃ長く友達続けてねーよ」

「どういう意味だよ?」

「お前にはちゃんと良いとこもあるって事。与方さんもそこに気付いてるんだと思うぜ?」

そう言われて先日の中庭での愛里とのやり取りを思い出す。

『じゃあ応援しなきゃね!』

もう一つのグレイスフィアを持ちながら言う愛里の笑顔が脳裏に過ぎる。

そして自分の首から下げているグレイスフィアを見た。

「うん……」

一体どこを良いと思ってくれたのだろうか。

少しだけ複雑な気持ちのまま快はそのグレイスフィアを握るのだった。

河原近くの釣り堀に着いた一同は荷物を下ろしバーベキューの準備をしていた。

釣り具を借りに行く者もいる。

「今から火ぃ点けるからその間に釣っときなー!」

楽しそうにしながら美宇は荷物の中に入っていたバーベキュー台を出して火おこしをする。

「おぉ……」

その様子を眺めている快。

すると美宇が注意した。

「そこいると邪魔だよ、する事ないなら釣りとか手伝いに行きなさい」

「えー」

嫌そうなリアクションをすると美宇は更に言う。

「こっちは手が足りてるからあっちをよろしくって意味」

そう言う美宇の周りには障害者とは別のネグレクトなどで親から見放された荒れた少年少女がいた。

「ちっ……」

嫌々ながらも彼らは手伝っている。

「だからホラ、行った行った!」

少し鬱陶しそうに言ってきたため軽くショックを受けながらも快は釣りをしている同年代の人々の所へ向かった。

一方瀬川は放たれた魚を見事に釣り上げていた。

「よっしゃー!デカいの釣れたぞ!」

どんどん川魚を釣り上げて行く。

瞬く間にバケツは一杯になっていた。

「こーちゃんすげぇ!」

「ヒーローみたいだ!!」

周りの同年代の者たちの声を聞いて快は少し複雑な気持ちだった。

「(瀬川ってこーゆーの凄いんだよな……)」

そんな様子を見ながら快は瀬川と初めて話した日、友達になった日の事を思い出していた。

快は両親が死んでからどんどん荒れていった。

「うわぁぁぁぁっ!!!」

少しでも気に障るとすぐに暴力を振るってしまうほど。

そのためよく快を揶揄っていた純希は一度とてつもない反撃を受けた。

「かいっ、やめ……!」

馬乗りになりながら純希をひたすら殴っていく。

「(殺したい、コイツ殺したい……!)」

心の中でそう叫びながら殴り続けていると先生方に止められた。

「何やってるんだ!!」

そして生徒指導室でこっ酷く叱られた。

姉や祖母も呼び出され必死に謝っている。

「孫がいつもすみません……っ」

しかし快も心が荒んでいたためこんな事で反省は出来ず余計に辛くなってしまった。

「何で俺ばっかりこんな辛いんだ……」

一人カナンの丘で縮こまっていた。

しかしやはり涙は出ない。

するとそこへある人物がやって来る。

「二組のやつだよな?どうした一人で?」

その人物とは違うクラスの瀬川だった。

心配そうに快の顔を覗き込んで来る。

「お前だって一人だろ……」

見てみると瀬川も一人のようだ。

「あぁ、だから友達になろう!」

「はぁ?」

「いいだろ?一人もの同士」

「……嫌だ」

このとき快は一度断り家に帰った。

しかし翌日学校に行った時から瀬川はずっと着いてくるようになる。

「快ー!遊ぼうぜ!」

一人で教室で本を読んでいる時、水を飲みに廊下を歩いていた時、体育の合同授業の時。

様々なチャンスを瀬川は見逃さなかった。

そしてある時。

快は純希に以前の反撃をされていた。

「よくもやりやがったな、お前のせいで三日休む羽目になったんだぞ!!」

快にやられた怪我が思ったより深く顔に包帯を巻いている。

その顔を見せつけながら快を殴った。

「ぶっ……」

「同じ目に遭わせてやる……!」

まともにやり合えば勝てないであろう純希が迫る。

そこへあの男がやって来た。

「やめろーーっ!!!」

瀬川が危険も顧みず助けに来てくれたのだ。

「てめえ一組の!」

攻撃するが純希には怒った歯が立たず返り討ちにあってしまう。

「がはっ……」

その様子を見た快は絶句する。

「何でお前……」

口から血を流した瀬川に問う。

「何でって、友達だからだろ……!」

そう言って再度純希に向かう瀬川。

しかしやはり歯が立たずやられてしまいそうになるが。

「うぅっ、うわぁぁぁっ!!」

何か心を動かされたのか快が立ち上がり瀬川と共に純希に立ち向かう。

結果は返り討ちでボコボコにされてしまったのだが。

「何だよっ、お前みたいな弱いヤツがヒーローになれる訳ねーだろ!」

純希はそう言って去って行く。

「はぁ、はぁ……」

純希が去った後、二人して床に倒れて息を切らしていた。
快は純希の今の言葉がショックで悔しがっている。

「ははっ、あはははっ」

何故か瀬川は笑い出す。

「何で笑ってんだよ……」

「何か良いじゃんこーゆーの」

このまま瀬川はしばらく笑い続けた。

その後、瀬川と快は学内の唯一の友人として過ごしていった。

みんなで集まってやるようなスポーツや遊びも二人だけで行う。

そこで初めて知る、瀬川はとてつもなく能力が高いのだ。

スポーツもゲームも瀬川は上手い。

これなら他の学校の人達とも仲良く遊べそうなのだが。

「お前なら他のヤツらとも仲良く出来そうなんだけどな」

ある日快は瀬川に聞いてみた。

するとこのような返事が来る。

「学校のヤツらなんかみんな嫌いだ!俺たちのこと理解しないで傷付けやがる!」

強い偏見を持ちクラスメイト達を嫌っていたのだ。

「お前は夢叶えろよ。いつかヤツらを見返せるだけの凄ぇヒーローになってやれ!」

そう言ってくれるのは嬉しかった。

だからこそ現在になり思う事がある。

快は釣り堀で魚を釣り他の同じように障害を持った仲間たちから讃えられる瀬川を見ていた。

「人数分釣ってやらぁ!!」

釣りに関しても瀬川は高い能力を発揮している。

側から見ても彼は輝いていた。

『お前は夢叶えろよ。いつかヤツらを見返せるだけの凄ぇヒーローになってやれ!』

そう言ってくれた事を忘れていない。

「(お前だって俺と同じグレーゾーンなのに)」

しかし今の瀬川を見ているとどうしても思ってしまう事がある。

「(お前の方がヒーローらしいじゃないか……)」

輝いて讃えられている瀬川を見て嫉妬心が湧いてしまう快であった。

一人倒れた木に腰掛けながら瀬川たちを眺めているとそこに姉である美宇がやってきて注意した。

「ちょっと、何も手伝ってないじゃん」

ボーッと座っている所を見られていたようだ。

「だって俺にやれる事なんてないじゃん、釣りは瀬川が上手くやってるし火の準備はみう姉達がやってる」

少し卑屈になり反抗するが。

「だからって何もしないのは違うでしょ?"何か手伝う事ない?"って聞いてせめて誠意を見せなきゃ」

正論を返されてしまい何も言えない。

何か出来そうな事がないかと辺りを見渡しているとある光景が目に入る。

「ふんふ〜ん」

一人、快と同じように倒木に腰掛け手伝わずに絵を描いている少年がいるのだ。

「あの子は?あの子も手伝ってない」

少しズルいと感じてしまい姉に問う。

「良ちゃんね、あの子は障害が重いから……」

そう答えられ更に姉への不信感が強まる。

「俺だって障害者なのに何で俺にだけ厳しくするの……?」

我慢が出来なくなり弱々しく聞いてしまう。

「だって……」

それに対して美宇は答える。

「私はあんたの保護者だから」

そう言って続けた。

「このセンターはみんなの居場所になってあげる所だけど厳しく躾はしない、それは保護者の役目だもん。私はここの手伝い以外にあんたの保護者だから」

真剣な目をして快に想いを伝える。

「あんたには普通になって欲しいんだ、だからどうしても厳しく当たっちゃう事もあるけどね……」

そこまで聞いた快は静かに去ろうとした。

「……手伝える事、探して来るよ」

美宇の言葉への返事はしない。

何と返せばいいか分からなかったのだ。

去っていく快の背中を見つめる美宇は小さく呟いた。

「何で伝わらないかなぁ……」

苦しそうに頭を抱えるのだった。

"手伝える事を探す"と言ったが実際はただ美宇や瀬川から遠ざかりたいだけで距離を開けたのだ。

そのついでに気になったので良ちゃんとやらの絵を覗き込んでみる。

「ん、これは誰……?」

クレヨンで描かれた子供のような絵には何か人のようなものが立っている、釣りをしているようだが。

「瀬川こーちゃん!!」

嬉しそうに良は答えた。

どうやらこの絵は釣りで活躍している瀬川を描いたものらしい。

「そっか、ヒーローみたいに描かれてるね」

また少し卑屈になりネガティブを込めた発言をしてしまうが良は納得がいったようで。

「ヒーロー、瀬川こーちゃんヒーロー!!」

とても嬉しそうに座りながらはしゃぐ良に快は少し聞いてみる事にした。

「なぁ、俺はどう……?」

瀬川がヒーローとして認められている事が悔しくて自分はどうかと聞いてしまう。

「んー、誰ぇ?」

しかし良はその純粋さで正直に答えてしまう。

どうやら快の事は認識していなかったようだ。

「……俺だってヒーローになりたいんだよ」

静かにそう言って良の方を見るが彼はもう既に絵の続きを描くのに夢中だった。

「ふんふ〜ん」

鼻歌を歌いながら瀬川を描き続ける良を見て更に瀬川が羨ましくなってしまった。

快が良の所へ行っていた間、美宇の所に瀬川がやって来た。

「みう姉、結構釣れたよ」

小学校の頃から快と付き合いがあるため瀬川もこの呼び方をしており距離は近い。

「おぉ本当だ、じゃあ捌いてもらおっか」

釣り堀の職員に釣った魚を捌いてもらった。

そして塩焼きや刺身の準備をしていると瀬川が美宇に尋ねる。

「そいえば快と何話してたの?」

どうやら快と先程のやり取りをしている所を見ていたらしい。

「いやぁ、また卑屈になっててね……」

心配するような声色で語り出す。

「最近様子おかしいのよ、やっぱ罪獣騒ぎを二回も目の当たりにしてるからかな……?」

美宇は快のゼノメサイア関連の事情を知らない。

そのため偶然出会したと思っている。

「きっと"ヒーローになれなかった"って思ってるのよ。まだそんなこと考えて、勝手に背追い込む必要ないのに……」

そのような言い方をする美宇に瀬川は言った。

「でもヒーローって快の夢なんだよ」

しかし美宇も反論をぶつけた。

「限度があるでしょ?あんなデカい化け物と張り合うとか現実味が無さすぎる、それでいちいち落ち込んでたらこっちまで疲れるのよ……」

それには流石に瀬川も納得せざるを得なかった。

「確かにそれはなぁ……」

そこで瀬川は宗教家の父親に言われた事を思い出す。

「親父からも言われました、一人に出来る事には限度があるって」

「うん」

「でもそれで夢を諦めるなんて勿体ない、だから俺はアイツの手助けがしたい」

「手助け……?」

「一人じゃ限界があるならその分を他人がカバーしてやれば良い。アイツが出来ない所を俺がって感じで」

そこまで言ってくれる瀬川に美宇は少し関心した。

「何でそこまで快のために考えてくれるの?」

それに対して瀬川は。

「……たった一人の親友だからってのはあるけど親に反抗したいってのもあるかな?」

「どういう事?」

「親父が"神の言葉だ"っつって強要する事が嘘だって証明したい、だから快の夢を叶えてやる事でそれが出来ると思ったんだ」

その言葉に美宇は疑問を抱く。

「自分の夢を叶えるじゃダメなの?」

瀬川は残念そうな笑みを浮かべて答えた。

「俺はずっと親父に"神のためになる事をしろ、それがお前のすべき事だ"って言われて来た。それが嫌で否定する事ばっか考えてたからもうそれが夢みたいなもんだよ……」

それこそが瀬川の夢の起源らしい。

「きっと親父の言う事が正しいなら快はヒーローになるべき人じゃないのかも知れない、でも俺はそれを否定したい」

瀬川の脳裏に浮かぶのは初めて快に声を掛けた時の光景。

「アイツ、俺と同じで与えられたものに満足してない感じだったから」

それが快に声を掛けた本当の理由。

「……まぁ自分のエゴに利用してるようなもんだな」

「そっか……」

美宇は少し難しそうな顔を返す。

すると瀬川も更に難しそうな顔をしながら何やら更に口を開こうとした。

「それだけじゃないけど……」

何か美宇を気遣って上手く言えないような雰囲気だった、もう一つの理由とは何だろうか。

するとそのタイミングで向こうから声が聞こえる。

「おいやめろ!!」

聞こえたその声はどう考えても快のものだった。

美宇と瀬川は慌てて駆け付ける。

すると何やら快が他の参加者と揉めているようだった。

相手は障害とは別の問題でここに来ている若者。

彼の攻撃対象は良のようだが快がそれを庇う形で間に入っている。

「どけろよ、コイツにも手伝わせねーと!」

「コイツは良いんだって……!」

快はヒーローになるのを見せつけるように良の前に立つ。

先程の美宇の良が手伝わない理由を述べようとするが上手く言葉が出てこない。

「何で特別扱いなんだよ?障害を言い訳にするなって、不平等だろ!!」

あくまでこの若者も不満から正論を言っているつもりなのだろう。

そんな彼にも理解させようと快は必死になるが。

「っ……!!」

そして若者はとうとう快を退かし良の前に立つ。

良の手に持たれている絵を描いていたスケッチブックを取り上げた。

「絵ばっか描いてないで少しは手伝え!」

すると良は反抗してスケッチブックを奪い返そうと若者に飛び掛かった。

「うぅっ!!」

「おわっ」

二人は取っ組み合いになりその勢いで最悪の結果がもたらされた。

「あ」

思わず若者はスケッチブックを手放してしまう。

スケッチブックは宙を舞いあさっての方向へ飛んでいった。

そして。

「あぁ〜〜っ!!!」

釣り堀の池の中にボチャンと音を立てて落ちてしまった。

良は嘆きの声を上げる。

「うぅっ!」

そしてそのままの勢いでスケッチブックを取り戻そうと池に飛び込んだのだ。

「なっ⁈」

驚愕する周囲の人々。

あまりの衝撃に騒動に気付いていなかった者たちも気付きほぼ全員が注目していた。

「うがっ、あばぁっ……」

もがくが上手く泳げない良。

今にも溺れそうになってしまっている。

それを見ていた快は。

「俺は……ヒーローにっ!!」

覚悟を決めて池に飛び込む。

「ちょっと快っ⁈」

美宇は更に驚いた顔を見せた。

「ぼぼ、うぶ……っ」

飛び込んだはいいものの快自身泳ぎは得意ではない。

ぎこちない動きでじたばたしながら良の所へ向かう。

「届けぇぇーーーっ!!!」

必死に手を伸ばすがあと一歩良の手には届かなかった。

「あっ……」

しかしそのまま流されていった良は運良く岸辺にぶつかり救助された。

「大丈夫か⁈」

「はぁ、はぁ……」

そして快も同様に救出されたのだった。

「うぅっ……」

ずぶ濡れの状態で地面にへたり込む。

「(無駄だった、何も意味がなかった……)」

結局自分が飛び込まなくても良は救出されていた。

むしろ自分が飛び込んだ事によって余計な手間を掛けさせてしまったのだ。

その事実にショックを受ける。

「あぁっ、スケッチブックー!」

良のスケッチブックはそのまま小さな溝に落ちて川の所まで流されてしまった。

もう一度飛び込もうとする良を大人たちが必死に止めている。

自分は良の心も救えなかったのだ。

「大丈夫……?」

心配そうに美宇が近寄って来た。

そして快の顔を覗き込んで言う。

「お願いだからこれ以上心配かけないで。無理な事はしないで、お願い」

今彼女は"無理な事"だと言った。

その言葉に快の胸は更に傷つく。

「無理だなんて思いたくないよ……」

そのまま更に縮こまって卑屈になってしまう快であった。

そんな快を瀬川は悲しそうに見つめる。

「っ……」

ひたすら重苦しい空気がその場には漂っていた。

ずぶ濡れになった快は美宇が持ってきた服に着替えた。

「濡れた時のために持ってきてたの、こんなに濡れるとは思わなかったけど……」

釣り堀のトイレの中で着替えをしていると首から下がっているグレイスフィアが気になる。

「(全然ダメじゃないか、俺のどこがヒーローだ……!)」

"託す"などと言っていた割に自分はダメだとゼノメサイアの力にまで不信感を募らせてしまった。

「ふぅ……」

そのまま着替えて出て行くと良の姿がなかった。

「あれ、良は?」

姉である美宇に尋ねる。

「着替え持ってないから近くのショッピングモールに買いに行くってスタッフさんと出て行ったよ」

「そっか……」

するとそこへ先ほど良に"手伝え"と言った若者がやってきた。

「なんか、ごめん……」

少し申し訳なさそうに謝るが快にはそんな事は今更どうでもよかった。

「もういいんだ……」

今はただヒーローになれなかった事がショックで仕方がない。

すると美宇がまた近付いて来て語りかける。

「ヒーローになれなかったからって落ち込まないで、今回の事は快には難しかったよ」

本人は慰めのつもりなのだろうが快にとっては傷口に塩を塗られるような言葉だった。

「何だよ、せっかくチャンスを手に入れたのに……」

快は本質の事を考えゼノメサイアの力を手に入れたのがチャンスだというつもりで語る。

しかし美宇は今回の良の件をそう言っているのだと勘違いしてしまった。

「ちょっと何その言い方?良くん危なかったんだよ、それを自分がヒーローになるいい機会みたいな言い方して……!」

少し怒りそうな口調で言うが快はすぐに勘違いだと分かった。

「違う、そういう意味じゃないんだ……」

そのままどうして良いか分からず美宇はずっと黙ってしまっていた。

そして快は心の中で叫んでいる。

「(何で分かってくれないんだよぉ……!!)」

しかし誰も分かってくれるはずは無かった。

ただ彼はヒーローとなり必要とされ愛されたいだけだと言うのに。

一方その頃、良は若者支援センターのスタッフに連れられショッピングモールに向かおうと中型バスの後部席に乗っていた。

「服のついでに新しいスケッチブックも買ってあげようか?」

虚な目をしていた良だったがスタッフのその一言で少し目の輝きを取り戻した。

「本当……?」

「うん本当」

「……やった」

少しだけ希望が見えた。

その時だった。

「えっ、なに……⁈」

トンネルに入ったタイミングで突如として地面が揺れ出したのだ。

「ひっ、こわい……!!」

揺れはどんどん大きくなる。

そして次の瞬間、二人の意識は途絶えた。ら

「グォォゴロロロ……」

ただ重たい鳴き声がひびいているだけ。

そのトンネルに扮した山のような罪獣"フォラス"は立ち上がりその姿を露わにした。

異変は快たちのいる釣り堀からも確認できた。

突如として地面が大きく揺れて見えていた山が動き出したからである。

「地震?」

「あっ、何アレ……⁈」

第三ノ罪獣フォラスが出現。

巨大な山に手足が生えたような姿をしている。

トンネル部分が口になっており山の頂上には謎の光る球が見えた。

「ゴロロロォッ……!!」

雄叫びを上げながら真っ直ぐ快たちのいる釣り堀に向かってゆっくりと歩いて来る。

「ちょっと、こっち来てない……⁈」

「早く逃げるぞ!!」

周りの者たちは慌てながらも逃げる準備を進めている。

荷物などは置いて釣り堀のものである小型バスに人々を乗せていた。

「あれ、快は⁈」

そんな中、美宇は快がいない事に気付く。

辺りを見回すと快は一歩も動かずフォラスの方をジッと睨んでいた。

「快!早く逃げるよ!!」

バスを指差して道を示すが快は美宇の方を一瞬見てすぐにまたフォラスに向き直った。

「(見ててくれ、俺がヒーローだって事を証明してやる……!!)」

自分の力を見せつける絶好のチャンスだと踏んだのだ。

首からグレイスフィアを取り手の中に強く握る。

その拳を前に突き出して変身しようとした。

すると。

「〜〜〜っ⁈⁈」

突如としてグレイスフィアから快の意識に何らかのビジョンが流れ込んで来る。

初めて変身した時と似たような状況だが決定的に違う事があった。

「(何だコレ、苦しい……!!)」

何故か非常に苦しい感情が全面的に流れ込んで来る。

視界には以前見た夢、崩壊し引き寄せ合う二つの世界で人々が絶望する様子が映っていた。

「はぁ……っ⁈」

意識が飛びそうになっていると突然現実に引き戻される。

「ボーッとしないで!!」

美宇が快を無理やり引っ張りバスに乗せたのだ。

「よし、出るぞ!」

その場の全員が乗った事を確認しバスは出た。

山中の釣り堀から広い場所に出るまではかなり狭い川沿いの道を通らなければならない。

「ぐぅぅぅっ……⁈」

地面が大きく揺れる中、ドライバーは大勢を乗せて必死に運転していた。

しかし予想以上にフォラスによる地響きは大きくドライバーのハンドルを狂わせる。

「ゴオォォォッ!!!」

雄叫びが聞こえた途端、更に強く地面が揺れた。

「うわぁぁぁっ」

狭い山中が崩れてしまいタイヤが道からそれる。

思い切り下に落ちてしまった。

衝撃と共に一瞬意識が飛ぶのだった。

少しして快は目を覚ます。

「うぅん……」

どうやらそれほど高い所から落ちた訳ではないようで軽い怪我で済んだ。

しかし殆どの人が意識を失っておりこのままでは逃げられない。

「(やっぱり俺が何とかしなきゃ……!!)」

ヒーローとしての力と責任を感じ快は何とか横転したバスから出て変身しようとする。

下流の川沿いでグレイスフィアを取り出して掲げようとする。

「っ……」

しかし先程の恐ろしい感情が流れて来た事を思い出し躊躇ってしまった。

あまりの無力さに自分でも呆れてしまい地面に項垂れる。

「何でこんなにも俺は……っ!」

すると視線の先の川に何かが浮かんでいるのが見える。

「(あれって……)」

近付いて手に取ってみるとそれはまさしく"良のスケッチブック"だった。

あれから下流まで流されて来たらしい。

「…………」

無言で表に出ていた絵を見てみる。

川で濡れて滲んでしまっているがそこには釣りで活躍する瀬川の姿の他に描きかけのもう一人の姿があった。

その服装などから考えるともしかするとこの人物は。

「俺……?」

まるでヒーローのようだと言っていた瀬川と同じくらいの大きさで笑顔で描かれている。

「……ははっ」

そこで思い出した。

自分が先ほど良に話しかけた時の様子、それは瀬川が初めて快に声をかけ友達になった時と似ていたのだ。

「(良にとっては俺も……)」

少しだけ自信が持てた気がした、心が温かくなるのを感じる。

するとそれに呼応するかのようにグレイスフィアが輝き出したのだ。

「……っ!」

温かくも眩い光を放つグレイスフィア。

もう怖くはなかった。

「よし、これなら俺は……!」

輝くグレイスフィアを握り締め拳を前に突き出す。

指の隙間から更なる光が溢れ快の全身を包み込んだ。

「おおぉぉぉぉっ!!!」

そして変身。

ゼノメサイアが出現したのである。

『セアァァァッ!!!』

ゼノメサイアが降臨した山中。

『(ここなら建物もないし戦いやすいな……)』

いつもと違う景色に戦いやすさを感じる。

フォラスと対峙し全身を観察するとある事に気付いた。

「ゴロロロ……」

頂上に聳えるエネルギー体のようなものをこの高さから見ると中に何か入っている。

『ッ……⁈』

よく見るとそれは良とスタッフが乗っていた小型バスだった。

『良っ、何でそんな所に……⁈』

恐らくは車でスーパーに向かっている最中に捕まったのだろうが今はそんな事を気にしている場合ではない。

『助けなきゃ……!!』

気合を入れてフォラスに突っ込んで行く。

するとフォラスも呼応するように走り出した。

「ゴオォォォッ!!」

そしてゼノメサイアにタックルをした。

『オォッ……⁈』

良を救おうとしたゼノメサイアを圧倒的な勢いで突き飛ばす。

流石、山のような大きさで岩のように硬いものとの取っ組み合いは勝てる訳がなかった。

「グゴォッ!!」

吹っ飛ばされて倒れたゼノメサイアに更に迫ろうとするフォラス。

『ウゥッ……⁈』

しかし鈍足であったためギリギリで身体を起こし避ける事が出来た。

避けた勢いでフォラスの横からタックルをし返し突き飛ばそうとする。

「ゴォッ……」

しかし思った以上にフォラスは重く思ったように突き飛ばす事は出来なかった。

すると。

「ゴガァァァッ!!!」

良たちが捕われているエネルギー体の所から電撃のようなものを放つ。

『ウガァァァッ……!!』

全身が痺れて更に後方に吹き飛ばされてしまう。

しかし幸いここは山中なので破壊されるものはなかった。

『グッ……ハァッ』

それより今は良たちを救わなければならない。

その心持ちで立ち上がり構えを取った。

『オォッ!』

良たちの乗るバスを助けようとエネルギー体に手を伸ばす。

しかしそこから電撃が再度放たれる。

『ァガッ……』

このままではいけない。

そこから救うためにはまずフォラス本体を倒さなければと踏んだ。

『ハッ、ハァッ!』

勢いよくパンチを連続で繰り出すがフォラスの表面は硬く逆にこちらの拳がダメージを食らってしまう。

『グゥゥゥ……』

それでも諦めずに攻撃を繰り出そうとするとフォラスは更なる攻撃を繰り出して来た。

「ガブッ」

なんとトンネルの位置にあって口でゼノメサイアの足に噛み付いたのだ。

『グァァッ……』

鋭い牙が食い込んで痛い。

足を振ってもがいてもそちらから離してくれる気配はなかった。

「ガブゥゥゥ」

牙が食い込んだ箇所から血液のような緑色の光が流れる。

『フンッ、フンッ!』

地べたに座り込んで何とか引き剥がそうとするが頭上からまた雷撃が放たれてそれどころではない。

「ビリリリィッ!!」 

『グァァッ……!!』

しかし今この雷撃を食らった事で新たな作戦を思いついた。

『(これなら……)』

早速試してみる事にした。

『フンッ!』

思い切りフォラスの頭に覆いかぶさるような体勢になる。

そして口を開こうと力を込めた。

「グゴゴゴ……ビリリィッ!!」

するとフォラスは見事に引っかかったようで覆いかぶさっているゼノメサイアに向かって雷撃を放った。

『今だ!』

雷撃が放たれたタイミングで覆いかぶさっていた身体を離しフォラスの頭部を露わにする。

そのまま雷撃はフォラスの頭部に直撃した。

「ゴガァァァッ……!!」

もがき苦しむ声を上げながらフォラスはゼノメサイアの足から口を離す。

自由になったゼノメサイアはそのままの勢いでフォラスが苦しんでいる間にエネルギー体に手を伸ばした。

『オォォォッ!!!』

先程の様子がフラッシュバックする。

池に飛び込み良を助けようとしたが手は届かなかった。

今度こそ必ず助けるのだと意気込む。

『届けぇぇぇーーーーっ!!!』

そして遂にエネルギー体に触れた。

「……?」

良はバスの中で目を覚ました。

その周りは全てオレンジ色エネルギーのような空間。

「……っ⁈」

その異様さに恐れ慄く。

それによく揺れるため恐怖は増すばかりだった。

「うっ、うっ……!」

涙が流れ、唯一頼りのスタッフも倒れているため誰も頼れる者がいない。

とにかく心細かった。

すると。

『ハァァァッ!』

どこからか声が聞こえる。

「?」

涙を拭いながら声のする方へ顔を向けると。

『届けぇぇーーー!!』

巨大な白黒の右手が光と共に伸びてきた。

「……!!」

良は無意識のうちに手を伸ばしていた。

その時、良の目には光が宿った。

ゼノメサイアはフォラスのエネルギー体から良たちの乗る小型バスを救い出す事に成功した。 

『デリャァァァッ!!!』

その衝撃でフォラスのエネルギー体は破壊され明らかに苦しそうに絶叫した。

「グギャアアアァァァッ!!!」

じたばたともがき苦しんでいる間にゼノメサイアは救い出した小型バスを少し離れた安全な場所に優しく置く。

「わぁ……!」

窓から見上げた良は歓喜の声を上げていた。

『フンッ!』

そしてもう一度フォラスの方へ向き直りエネルギー体が破壊された痕を見た。

するとそこからは体内へ通じる管のようなものが見える。

『(そこからなら……!)』

チャンスとばかりにゼノメサイアは飛び上がり空中から思い切り降下した。

「グゴッ……⁈」

フォラスが気付いた時にはもう遅い。

ゼノメサイアはエネルギーを既に溜めており破壊されたフォラスの頂上に両手を置いた。

そして思い切り全ての力を注ぎ込む。

『ライトニング・レイ!!!』

神の雷は直接フォラスの管から体内を巡り思い切り内側から硬い表皮ごと爆発させた。

その衝撃でゼノメサイアは少し吹き飛ばされるが滑空し何とか着地。

見事に勝利したのだった。

「わぁ〜〜」

それを見ていた良の瞳には憧れの光が宿っていた。

その後、巻き込まれた彼らは近隣の小さな学校の体育館に一度避難した。

まだ地崩れの恐れがあるためだ。

「あーゼノメサイア見逃した!何で気絶してるかなぁ⁈」

瀬川は違う意味で嘆いていた。

そんな様子を眺めていた快は立って歩く。

「どこ行くの?」

美宇が心配そうに聞いてくるので少し誤魔化す。

「ちょっとね……」

そのまま快は体育館の端の方で新たなスケッチブックに絵を描いている良の所へ行った。

「ふんふ〜ん」

また鼻歌を歌いながら色鉛筆を走らせている。

「よかったなここが学校で。余ったスケッチブックもらえたんだって?」

今、良が手にしているスケッチブックはここの美術室にあったものを頂いたものだ。

「うん!嬉しい!!」

そう言ってまた絵を描き続ける良を見て快は少し微笑ましくなる。

何を描いてるのかと覗いてみると。

「え、これって……」

そこに描かれていたのは白黒の巨人だった。

良はこう答える。

「ゼノメサイア!ヒーロー!!」

なんとヒーローと言ってくれたのだ。

その正体が快である事は分かっていないだろうがヒーローだと認めてくれた事に少し報われた気がする快であった。

「よかった……!」

これで愛里と良、二人からヒーローになりたいという夢を認めてもらえたと感じた。



つづく

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