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わたしの夢の叶え方 100日目 2411文字      

わたしの夢の生い立ちを知る 1


思いもよらないところで
思いもよらない時に
思いもよらないことをやっている
思いもよらない人生
を願ったら
思いもよらないことが起こっただけで
願いが叶う人生になってしまった

お釈迦様は
思い通りにならないこと全てを
一切皆苦
とおっしゃった


小池陽人さんは
YouTubeで言っていた

そうすると
思いもよらないことは
一切皆苦
それを願うということは
一切皆苦がなくなるということには
ならないだろうか?

わたしの屁理屈もここまで行くと立派である

さて
夢として掲げてきて愉しんでいる
思いもよらない人生は
その一方で

やっぱり
自分の思い通り行かないことで
腹をたてる

ことがある
というか
かなりある
どころか
そればっかりだ

こうすればいいのに
わたしならこうする
なんでこうしないんだろう?


モキモキしたり
自分の意見を押し付けたりしたくなる

例えば
の小さい話

車を運転していて
前の車との車間距離を取ってる目の前に

わたしの後ろにいたはずの車が後ろから
車間距離を詰めてきたなぁと思ったら
追い越して前に入ってきたりして
「◯ね!」って心の中で毒づいたり

制限速度を明らかに超過しながら
二車線左を追い抜いて行く車を見て
「事故れ!」って

あらぬ不幸を
心の底からお祈り申し上げたりする

のはなぜだろう?

ってずっと
思っていました



このわたしの疑問に答えが出るかもしれない
大発見があったのです

それは
まめ | だれかに喜んでもらうのが好きさん

円覚寺横田南嶺管長のお話


きっかけでした

『蝶が、サナギから出ようとして
小さな隙間から必死にもがきながら、
少しずつ体を押し出そうとしている。
その姿を見ていた人は思いました。
「こんなに苦しそうなら
       手伝ってあげよう」
その後、サナギを少し破ってあげました。
蝶は簡単に外へ出ることができました。

けれど…
その蝶は飛ぶことができなかった
そうです。

本来なら、
狭い殻を自分の力で押し広げる過程で、
羽に必要な力が送られるはずでした。
苦しそうだからと手伝ったことが、
結果的に
蝶から飛ぶ力を奪ってしまったのです。』
この話を初めて聞いたとき、
私は、心に引っかかりを覚えました。

まめ | だれかに喜んでもらうのが好きさんの
記事より

この記事の中には
これだけでは済まない
大変納得のたくさんの気づきが
満載なのですが

まめさんが友人のために心を砕く
エピソードで

相手のためと言いながらどこかで
自分の思い描く方向へ進んでほしい
と思う自分の心のことを

「私の傲慢さ」

と書いていて
この言葉に
わたしは唸ってしまったのです


慢とは、自分を他人と比較して、自分を上げたり下げたりする心の働きのことです。

人間は誰しも他人と比べて生きています。

「あの人より自分は優れている」「自分はあの人ほどできない」と絶えず比較しながら、自分の価値を測ろうとします。

仏教では、この比較の心を「慢」と呼ぶのです。

川村先生は「慢の心は、まず「認められたい」という願いから始まる」と仰せになっていました。

円覚寺横田南嶺管長のお話より

管長さんは
川村先生のお話を聴いて

「いかに我が心に慢心があるか」

とお話をまとめておられましたが
修行者である管長さんでそうなら
わたしなんて立つ瀬がない

うーん

認められたい・・・


思い出したことがある

こどもの頃
父の教育方針で
小、中学校の土日祝
は勉強する日となっていて

遊ぶ約束をしていた友達が
家にわたしを誘いに来ても

「勉強しているから今日は遊べない」

と玄関口で友達にわたしが断りを入れないと
ならなかった

父が買ってきたドリルをやるとか
書き取りの練習など

退屈極まりない作業をしながら
友達は何処に遊びに行って
どんなことをしてるんだろう?

なんて思うと
悔しくて泣きながら勉強していた日を
思い出す

テレビは禁止だが
例外的に
日曜日のハウス名作劇場だけは
許可されていた

フランダースの犬
母をたずねて三千里
アライグマラスカル
ペリーヌ物語
赤毛のアン
トム・ソーヤの物語
ふしぎの島のフローネ
南の虹のルーシー
小公女セイラ
愛少女ポリアンナ物語
愛の若草物語など
たくさんあったよね

それ以外のテレビ番組は
父と母が出かけている時に見ていた

帰ってくると
テレビを見たか?と聞かれる

当然見てないと答えるので
父がテレビの後ろを触ると
ブラウン管が熱くなっているので
直前まで見ていたことがバレる

長男のわたしが代表して叩かれる

でも
あの風雲たけし城なんかは
父が怖くても
見たい誘惑には勝てなかったなぁ

小遣いは与えられなかったので
自動販売機の下や
釣り銭口に手を突っ込んで
小銭を手に入れたりして
古本屋でワゴンで売ってる1冊100円の
安い本を買ったりした

もちろん
父に見つからないように隠していても
勝手に部屋を探されて
見つかって叩かれる

高校の時には
エッチな本を
友達から借り受けた時に
何故か外国の
なにやらが丸見えのやつが
見つかった時には叩かれなかったけど
母に謝れと言われたのは
どういう意図があったのか
未だにわからない

当時もし
死ぬ覚悟で
意思を貫いて父に
言いたいことを言えば

叩かれても
折れない心があれば
どんなに楯突いたところで
殺されることはあるまい

わたしには
その覚悟ができなかった
暴力というか自分の意思を押し通すことに
恐怖を覚え正面から闘うことはやめた

その代わり
どうせ正面から物を申しても
聞き入れられないなら
やりたいことは
行動をしてから
怒られたほうがマシだ

という考えに偏り

学校から帰ったあとは宿題をせず
遊びに出かけ
門限の5時に帰らず
叩かれた挙句
夕食を抜かれるというようなことが
多々あった

でも自分の考えを全うできる全能感が
満足感をもたらした
(所詮空腹感は睡眠欲には勝てない)

正攻法ではなく
最初から初手をかわして
横から回り込む
みたいな戦略が
思考と行動に表れているのが

言語化せず相談せず
秘密裏に思ったことを行動に移すという
わたしの行動パターンだと思う

父から認められるという
成長の過程を失敗したわたしは
自分を常に失敗というカテゴリーに
位置づける癖がついたのか?

人生そうはいかないのである

人を変えるのは
やはり人なのである

後半へ続く(by キートン山田)













































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ネーネ8008 えっ?スキをした上にチップまでくださるんですか?!それはいいことしか起こりませんよ。ええ確実にね。もちろんあなたにもわたしにも🤗