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居場所だと思っていた。

でも、たまに思う。

あれは恋だったんだろうか。

きっと恋だった。

ただ、 それ以上に私は、 居場所を探していた。

15歳の時、初めて親元を離れて海外へ行った。

行き先はシンガポールだった。

英語もほとんど話せず、海外のことも、何が普通で何が危険なのかもわからなかった。

それでも「ホームシックになったら終わり」と自分に言い聞かせ、必死に平気なふりをしていた。

日本ではよく笑い、よく喋る性格だったのに、気づけばすごく静かな子になっていた。

入学初日、先生も生徒も私を中国人だと思い込み、中国語で話しかけてきた。

「日本人です」

その一言すら言えないまま、みんなの後ろをついて歩いた。

途中から入ってきた留学生らしき子たちと一緒に、小さなトラックのような車に乗せられた。

説明は全部中国語で、途中でトンネルも通った。

どこに連れて行かれるんだろうと思った。

着いた先はどこかの施設だった。

一人ずつ名前を呼ばれて、個室に入れられた。

中の人が、注射器を出した。

本当に怖かった。

でもよく見ると、空っぽの注射器だった。

血を抜かれる方だとわかって、少しだけ安心した。

周りが当たり前のように腕を出していたから、私も頷いた。

今思うと、本当によくわからないまま生きていた。

クラスの半分くらいが、中国人の生徒だった。

日本人は、クラスで私一人だった。

ちょうど、尖閣諸島の問題がニュースになっていた時期だった。

クラスの中で、自分だけが"よそ者"だと感じる瞬間が何度もあった。

それでも、最初に私をグループに入れてくれたのは、中国人の子だった。

「国じゃなくて、人なんだ」

と、少しだけ思えた。

ホームステイ先は、留学生たちの共同生活だった。

長い木のテーブルに、中国人、タイ人、香港人の子たちが集まって、中国語やタイ語で楽しそうに笑っていた。

湿気とエスニックな料理の匂いが混ざる中で、私はいつも会話にならないままご飯を食べていた。

ルームメイトとは、生活習慣があまり合わなかった。

話すことは話したけれど、境界線のようなものがなかった。

部屋の匂いや、物の使い方ひとつにも、私はうまく馴染めなかった。

日本から持ってきた生理用品や、お菓子、カップラーメンを、勝手に食べられることもあった。

彼女がお母さんとSkypeする時は大きな声で話すのに、私が話していると「うるさい」と言われた。

それでも私は、何も言えなかった。

「ここにいる意味あるのかな」

そう思うこともあった。

でも"寂しい"と認めたくなかった。

もしそこで「帰りたい」と思ってしまったら、自分が壊れる気がしたから。

ルームメイトが16度に設定するエアコンに、毎晩震えながら寝た。

日本のお菓子を食べたり、日本の友達とSkypeで話したりしている時間だけが、少しだけ"自分"に戻れる時間だった。

通話を切ると、また静かになった。

でも少しずつ、学校で友達ができ始めた。

放課後、みんなでゴンチャを飲みに行ったり、夜景を見に行ったりした。

湿気のある夜道を、制服のまま歩いた。

その頃初めて、「海外って楽しいのかもしれない」と少し思った。

そしてその頃、私は彼と出会った。


彼は、少し大人びたグループの中にいたけれど、その中では静かな方だった。

英語が苦手な私にも、ちゃんと話しかけてくれた。

空手の黒帯を持っていて、時々くしゃっと笑う。

16歳の私には、それだけで十分かっこよく見えた。

最初は、彼の友達の一人が私のことを気にかけていた。

だからそのグループから誘われるようになった。

彼もその中にいた。

でも私は、なぜか彼の方が気になった。

気づけば、みんなで遊んでいるはずなのに、彼の隣にいることが増えていた。

MRTで隣に座ったり、学校帰りに二人で話したり、夜景を見に行ったり。

マリーナベイサンズの近くに座って、光る景色を見ながら、将来の話をした。

いつか日本に住もうとか、一緒に世界を旅しようとか、バリに行こうとか。

今思うとすごく青春だった。

女子校育ちで、恋愛経験もほとんどなかった私にとって、男子とこんな風に夜まで一緒にいること自体が、なんだか特別だった。

初めて二人で行った映画館では、英語と中国語、二つの字幕が同時に出ていた。

「字幕って二つ出せるんだ」

そんな小さなことにも驚いた。

映画の内容は、あまり覚えていない。

ただ、隣に彼がいることだけを、ずっと意識していた。

上映中、彼がそっと私の手を握った。

お互い緊張していたのか、手のひらはびっくりするくらい汗ばんでいた。

私は恥ずかしくて、握られた手をほとんど動かせなかった。

映画が終わるまで、そのままだった。

あの時は、それだけで十分幸せだった。

いつものグループで話している時、一人がふいに聞いた。

「付き合ってるの?」

私は少し驚いて彼を見た。

彼は当たり前みたいに笑っていた。

その時初めて、自分たちが恋人なんだと知った。

グループの男子の一人は、実は私のことが気になっていたらしく、少し残念そうな顔をしていた。

もう一人は少し心配そうな顔をしながらも、「良かったね」と言ってくれた。

もう一人の女子は、どんな時も私の味方でいてくれた。

初めてキスをしたのは、公園だった。

お互い慣れていなくて、緊張して、最初はおでこがぶつかった。

今思い返すと、笑ってしまうくらい、初々しかった。

彼は優しくて、くしゃっと笑う人だった。

カメラが好きで、私の知らない場所へよく連れて行ってくれた。

私の知らないシンガポールを、たくさん見せてくれた。

同い年なのに、少し年上の先輩みたいに見えた。

でもその頃の私は、本当に彼が好きだった。

というより、彼と一緒にいる時間だけは、自分が"海外で一人ぼっちの女の子"じゃなくなれる気がしていた。

クラスで孤独を感じても、ホームステイ先で居場所がなくても、彼といる時だけは少し安心できた。

気づけば、学校でも彼を探していた。

返信が来るだけで嬉しくて、少し冷たくされるだけで不安になった。


ホームステイ先での生活は、少しずつ苦しくなっていった。

食事が合わず、毎日お腹を壊し、気づけば8キロ痩せていた。

帰りが遅くなった日は、門の前で30分待たされたこともある。

次の日はホストマザーに冷たくされた。

唯一仲良くしていた家政婦さんに物を盗まれた時は、怒りよりも、信じていた人に裏切られた悲しさの方が大きかった。

付き合って半年ほど経った頃、彼に「部屋空いてるし、ここ住めば?」と言われて、私は飛び込むようにそこへ逃げた。

危険なことだとは、当時思いもしなかった。

ただ、帰りたいと思える場所が欲しかった。

彼の家はプールとBBQスペースのあるコンドミニアムだった。

彼の両親は、基本的にインドネシアに住んでいた。

家には、14歳の妹と、8歳の弟、家政婦さん、そして私が一緒に暮らしていた。

週末になると、仲のいい友達六人くらいで集まって、音楽をかけながら一日中プールで遊んだ。

カードゲームをして盛り上がったり、ただわちゃわちゃ笑っているだけの時間もあった。

彼の妹とは、同じアイドルグループや韓国ドラマの話で盛り上がって、本当に仲良くなった。

お互いの推しの話をしたり、彼女が興味を持っていた日本のことを教えたりする時間が楽しかった。

でも、妹と彼が喧嘩する時は、お互い強気で、大きな喧嘩になることもあった。

そんな時は、泣いている妹と二人で話すこともあった。

それは決まって、彼がいない時だった。

彼がいる時に妹の味方をすると、今度は私が怒られてしまうから。

彼の家での自由は、小さなことの積み重ねだった。

好きな時間に水を飲みに行けること。

門限を気にせず出かけられること。

好きな温度でエアコンをつけて眠れること。

音楽を流しても、ドラマを見ても、誰かの顔色をうかがわなくていいこと。

「ここにいていいのかな」

そう考えなくていい。

それだけで、私は安心できた。

あの頃の私は、"ここを失いたくない"と本気で思っていた。

気づけば、私は毎日のように彼の家で暮らしていた。

それは、いつの間にか"当たり前"になっていた。

だけど、少しずつ何かが変わり始めていた。

最初に違和感を覚えたのは、彼の友達でもある男子と、普通に話して笑っただけの日だった。

その日の帰り道、学校からバス停まで、みんなで歩いていた。

彼は、私の一歩前を歩いていた。

明らかに、わざとだった。

話しかけられる空気じゃないとわかって、黙ってついていくしかなかった。

バスで二人きりになった時、思い切って話しかけた。

でも彼は、一度もこっちを見なかった。

その日は一日中、無視された。

同じ空間にいるのに、まるで存在していないみたいだった。

目だけが冷たかった。

家に帰って、しばらくすると、彼は何事もなかったように、また普通に笑った。

その笑顔を見ると、私は何も言えなくなった。

元々、授業をさぼるようなタイプじゃなかった。

でも彼と一緒にいるようになってから、先生や周りの友達が、少しずつ心配そうな顔をするようになった。

ある日、授業のあとに先生から「ちょっと来て」と呼び出された。

多分、先生は私たちの様子や、私の授業態度を見て気づいたんだと思う。

その頃の私は、いつも上の空で、時々泣いた後の顔をしていたから。

「あなたはまだ初恋だからわからないかもしれないけど、人との間には一線を引くことも大事なのよ」

そう言われた。

でも16歳だった私には、その意味が全然わからなかった。

先生の言葉は、ほとんど頭に入ってこなかった。

教室に戻ってからも、私はただ彼の機嫌ばかり気にしていた。

友達に「今、彼どこにいる?」と聞いて回ったりもした。

その日一日は、結局、彼を中心に過ぎていった。

何かを話す前に、彼の顔を見るようになった。

笑っていいのか、静かにしていた方がいいのか。

それを確かめてから、初めて口を開いた。

スクールホリデーには、彼と船に乗ってインドネシアの実家へ行った。

港から船に乗って、気づけば別の国に着いている。

それだけで、少し非現実だった。

彼の実家は、白いタイルの大きな家だった。

広すぎて、何人で暮らしているのかも分からない。

そこには、日本人は私しかいなかった。

言葉も文化も違う。

頼れるのは、彼だけだった。

彼の親戚にもたくさん会った。

結婚式のような集まりにも連れて行かれ、知らない大人たちに囲まれた。

彼のおばあちゃんは、日本人をあまり良く思っていないと聞いていた。

初めて会った時は、ほとんど話しかけてもらえなかった。

「やっぱり嫌われてるのかな」

そう思った。

それでも私は、笑顔だけは絶やさなかった。

帰る日、おばあちゃんは初めて少し笑って、私に手を振ってくれた。

それだけで、泣きそうなくらい嬉しかった。

その後、彼のお母さんがビンタン島のホテルを取ってくれた。

夜のビーチを歩いたり、星を見たりした。

彼のお父さんが釣ったカニをチリクラブにして、みんなで食べた。

辛いものが苦手で、味はあまり覚えていない。

でも、湿った海風と、波の音だけは今でも覚えている。

すごく綺麗だった。

でも、その旅行中も、彼の機嫌は突然変わった。

プールでふざけていた時、誤って彼の髪の毛を一本抜いてしまった。

本当に事故だった。

それだけで、彼はずっと怒っていた。

私は何度も謝った。

彼のお母さんが全部お金を出してくれている旅行だったから、空気を悪くしたくなかった。

夜、ご飯を食べる場所へ行くのが少し怖かった。

でも会場に着くと、彼はいつもの調子で話しかけてきた。

それだけで、私はほっとしてしまった。

あの頃は、それを"普通"だと思っていた。

今思うと、少しおかしかったと思う。

ある放課後、友達と話していた時だった。

「あなたの彼が喧嘩しに行くみたいだよ」

そう言われて、慌てて外へ向かった。

相手は、以前から私を気にかけてくれていた先輩だった。

彼とは特別仲が良かったわけではない。

でも、すれ違うたびに「元気?」と声をかけてくれたり、私が彼と付き合ってから元気がなくなっていくことを、心配してくれていた人だった。

後から聞いた話では、

「お前、あいつを傷つけるなよ」

そんなことを彼に言ったらしかった。

それがきっかけだった。

学校の外には、もう人だかりができていた。

いろんな学年の男子たちが輪を作り、笑いながら見ている子もいた。

輪の真ん中には、彼と、その先輩が向き合っていた。

言葉はなかった。

二人は、ただ殴り合うために立っていた。

学園ドラマみたいだと思ったのは、一瞬だけだった。

次の瞬間には、本気で拳が飛んでいた。

怖かった。

彼が怪我をしたらどうしよう。

やめてほしい。

そう思った。

でも、声が出なかった。

終わった頃には、先輩は地面に倒れていた。

彼の手にも服にも、先輩の血がついていた。

彼の唇も切れていた。

「あいつが俺に喧嘩を売ってくるなんて。馬鹿だ」

彼は、まだ怒っていた。

私は、彼が怖かった。

でも同時に、

「私を守るためだったんだ」

と、どこかで思ってしまった。

だから私は、

彼を止めることよりも、

彼の怒りを鎮めることばかり考えていた。

先輩は、その後一週間、学校へ来なかった。

それでも私は、彼と別れなかった。

彼を怒らせないように生きることが、いつの間にか当たり前になっていた。

そんな日々は変わらず続いていた。

動物園に並んでいる時、私は彼に貸していたお金のことを思い出した。

軽い気持ちで、「そういえば、お金返してね」と言った。

それだけだった。

でも、その瞬間、彼の顔色が変わった。

暴言を吐かれて、空気が凍った。

彼はそのまま先に帰ってしまった。

私はどうしたらいいかわからなくて、その場に少し立ち尽くしていた。

周りの音だけが、やけに聞こえた。

たった一言だった。

それだけで、こんなに空気が変わるんだと思った。

しばらくして、私も彼の家へ戻った。

時刻は3時くらいだった。

空は晴れていたけど、少し雲もあって、光は柔らかく差し込んでいた。

シンガポールらしい、じめっとした空気だった。

彼の家は、コンドミニアムの一階だった。

窓の外に、私のスーツケースが開いたまま置かれていた。

制服も、体操服も、教科書も、筆箱も。

全部、外に転がっていた。

近所の人が、こっちを見ているのがわかった。

拾わなきゃ。

そう思った。

でも、体が動かなかった。

私はただ、その光景を見つめていた。

頭の中が真っ白で、何も考えられなかった。

散らばった荷物の上に、光だけが柔らかく落ちていた。

残っていた荷物は、妹の部屋へ放り込まれていた。

あの時の私には、離れるという選択肢は、本当に存在していなかった。

次の日も、私はまた、何事もなかったように彼の隣にいた。


月日が経ち、シンガポールを離れて日本へ帰った時、私は少し安心していた。

オーストラリアの学校に編入することが決まっていて、数ヶ月ほど日本に帰ることになっていた。

家族、友達、日本食、日本語。

全部が静かだった。

英語を聞き取らなきゃ、空気を読まなきゃ、怒らせないようにしなきゃ——そんな緊張が、少しずつ抜けていった。

彼も数日、日本へ遊びに来た。

鎌倉を歩いたり、新潟へスノボに行ったり、そば打ち体験をしたりした。

楽しかった。

でも日本にいる時の私は、少し違った。

ずっと彼の機嫌を気にしなくてもよかった。

自分のフィールドに戻ってきた感覚だった。

地元の夏祭りに行った時、小学校の頃仲良くしていた男子や女子、四人くらいと久しぶりに話した。

男子たちは、こんなに穏やかで、優しくて、楽しく話せるんだと思った。

私が気を遣うんじゃなくて、向こうが私を気遣ってくれる。

それだけで、落ち着いて話すことができた。

それまでの私は、怒らせないようにすることが当たり前になっていたから。

母にはとりあえず「彼との関係は終わりね」と言われていた。

オーストラリアへ留学に行くから、というのがその理由だった。

その後、母には全部がバレることになる。

彼とは、少しずつ遠距離のようになっていった。

返信も、前より遅くなった。

すると彼はまた怒った。

前みたいに。

でもその時、私は初めて「もう怒ってもいいや」と思った。

私は"帰りたい"んじゃなくて、"離れたい"と思っていたんだって、その時初めて気づいた。


別れを切り出したのは私だった。

彼は意外なほど冷たく、「わかった。俺も別れる」とだけ言った。

「ああ、やっぱり終わるんだ」と思った。

でも、そのあとだった。

電話が鳴り始めた。

私は彼の声を聞くのが怖くなっていた。

体が拒否しているみたいだった。

だから出なかった。

すると、着信が止まらなくなった。

LINEの通知が、ひっきりなしに鳴った。

50件、それ以上だったかもしれない。

ポケットの中で、スマホが震え続けていた。

夜中に画面が光るたび、心臓が跳ねた。

ラップを自分で録音したボイスメッセージ、メモに書いた歌詞の写真。

そして、屋上の端に立った足元の写真とともに、「電話に出ないなら、僕は死ぬ」というメッセージが届いた。

死なれたら困ると思って、電話に出た。

でも、何を言われても、もう未来はないと自分でもわかっていた。

彼の親からも連絡が来るようになった。

「オーストラリアへ行くなら、家を買う」「彼もオーストラリアへ留学させる」——全部が少しずつ、おかしくなっていった。

それでも彼の妹だけは、「早くお兄ちゃんと別れな」「でも私たちは友達だよね」と、ずっと冷静だった。

その言葉に、少し救われていた。

母に、「携帯全部見せなさい」と言われた。

私は、全部見せた。

緊張していて、その時のことはあまりよく覚えていない。

ただ、母の顔がとても冷静だったことだけは覚えている。

母は多くを語らなかった。

でも静かに状況を理解して、全部対処してくれた。

それまでずっと、一人で抱えてきた。

誰にも言えないまま、自分だけで何とかしようとしていた。

でもその時、初めて誰かに委ねた。

自分の周りには、味方がたくさんいるんだと、その時わかった。

夜、一人でベッドに座った。

スマホの画面をつけた。

彼とのやり取りが、そのまま残っていた。

一つずつ、SNSを開いた。

LINE。Instagram。彼と繋がっているアプリを、一つずつ。

「このユーザーをブロックしますか」

その表示が出るたびに、少しだけ指が止まった。

思い出がたくさんある分、悲しかった。

恋しい気持ちも、少しあった。

それでも、指を動かした。

押した。

また開いて、押した。

最後の一つを押し終えた時、自分の中で、面白いくらいはっきりと区切りがついているのに気づいた。

彼に戻りたい、会いたいとすがっていた気持ちが、その瞬間、すとんとなくなっていた。

話せなくなること自体は悲しかったけれど、思っていたよりずっと、すんなりとできた。

彼の妹のアカウントだけは、ブロックしなかった。

やっと、解放された気がした。

当時、Twitterが流行っていた。

ディズニーが好きで、専用のアカウントを作っていた。

好きな映画のことを呟いたり、シンガポールで行ったディズニーイベントの写真を載せたりしていた。

ある日、ディズニー好きの女子から連絡が来た。

好きな作品が同じで、少し盛り上がった。

「そのシンガポールのイベント、私も行ったよ」という話にもなった。

年齢も同じくらいだった。

学校どこ、という話になって、お互いの学校を言い合った。

すると、その子の学校が、彼の元カノが通っていた学校だった。

「あ、その学校聞いたことある」と話していると、その子が自撮り写真を送ってきた。

写真の中に、元カノが写っていた。

「その子、知ってる」と私が言うと、話がどんどん繋がって、「世界って狭いね」と盛り上がった。

そこから急に、「なんで別れたの?」と聞かれるようになった。

最初は普通に答えていた。

でも詳しく話す気にはなれず、途中から返信をやめた。

すると、その子から毎日連絡が来るようになった。

なんでこんなに来るんだろうと思った。

少し怖かった。

「もう別れたし、戻ることはないよ」と送った。

でも「どうして?」と、また返ってきた。

それも無視した。

数日後の朝、ベッドの中でスマホを見た。

通知が来ていた。

"Actually it's me."

実は俺だよ、と。

ずっとやり取りしていた女子は、最初から彼だった。

その瞬間、携帯が顔の上に落ちた。

全部繋がった気がした。

頭が真っ白になって、しばらく動けなかった。

怖くて、体が固まっていた。

震える手で、親友に電話した。

声を聞いて、少しだけ現実に戻ってきた気がした。

話を聞いてもらえただけで、救われた気持ちになった。

親友はそのあとすぐに会いに来てくれた。

一人じゃなかったから、あの出来事を、そのまま軽く流すことができた。

それでも、本当に怖い体験だった。

そのまま、そのアカウントも、彼とのやり取りも、全部すぐにブロックした。

Twitterのアカウント自体も消した。

同じ国じゃなくて良かった、と心から思った。

もし日本で同じことをされていたら、もっと怖かったと思う。


今でも、シンガポールの夜を思い出す。

湿った空気も、MRTの音も、全部覚えている。

でも、あの頃の私には、もう戻りたいとは思わない。

あそこは、私の居場所じゃなかったから。

16歳の私へ。

あなたは、 ちゃんと恋をしていた。

泣くほど好きだった。

だから、 苦しかった。

でも、 あなたが本当に欲しかったのは、

恋人じゃなかった。

ただ一人、

「ここにいていいよ」

と言ってくれる場所だった。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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