政治家を目指す
これまで、私は政治を信頼したことがありませんでした。
「人々の生活に向き合い、委任された権限を正しく行使することで国益を最大化する」という基本姿勢が、日本の政治には欠けていると感じていたからです。
かつては、とにかく自民党一強を変えなければならない、日本は二大政党制が必要だと思っていました。しかし、国政選挙のたびに、日本の民主主義の構造的問題が政権交代の難しさに繋がっていることを実感しました。さらに、現状を打破できるようなエネルギーを持つ野党も見当たらず、私の政治不信は募るばかりでした。
こうした状況の中で私は、社会システムに適応しながら、自分の生活を維持することを目標にするようになっていました。ところが、私が社会システムの永続性に疑問を抱くようになる決定的な出来事がありました。2023年の福島第一原発の汚染水放出です。
当時、ALPSでは除去しきれない核種について十分な議論がなされないまま、政府は汚染水放出を強行しました。私が抱いたのは、このような環境モラルや保全意識の低い政府では、日本から安全な海や大地が失われていくだろうという危機感です。
さらに、この一件を受けた中国の水産物輸入停止が事態を複雑にしました。つまり一部世論は汚染水の安全性に対する疑問から、他国に対する感情論へとシフトしてしまい、政府への責任追及が収束してしまったのです。
このように、ある命題に敵対する存在を設定し争わせる、という二項対立型の世論は、一方を徹底的に非難することで、他方の主張が正しいかのように錯覚させてしまう危険性があります。
政府の破壊的な政策、そして民主主義の自浄作用の欠如が継続するならば、社会基盤は毀損されていくでしょう。それはこれからの日本において、個人の努力で生活を維持していくことが困難となることを意味します。
しかしながら2023年の原発汚染水放出は、私にれいわ新選組の存在という新たな示唆も与えてくれました。
れいわは、汚染水の海洋放出に反対し、議論のやり直しを求めていました。政府の説明に嘘が含まれ、放射性物質の総量規制が欠如している点を指摘し、具体的な政策提案を行っていました。私が当時見た情報の中で最も理路整然とした説明に感じました。
れいわに興味を持ち、政策を調べて驚かされたのは、その具体性です。
これまでの政治がどのように日本の国益を毀損してきたか、失われた30年を取り戻すため・経済を立て直すために今何が必要か、政策の実行可能性を裏付ける根拠は何か、私が政治に諦めていた「人々の生活に向き合い、委任された権限を正しく行使することで国益を最大化する」という基本姿勢をそこに見つけたように思いました。
「生きていて良かったと思えるような社会を、政治を通してつくっていこう。」
このような理念を本気で達成しようとれいわ新選組は訴えているのです。
私は 傍観者でいたくない。
人生を終えるその時、社会を見て後悔したくない。
そのために、れいわ新選組の躍進に貢献したい。
その最も効果的な手段として自らが政治家になることを決意しました。
30歳
人生の節目に、自らの決意を言葉に残すことがこの投稿の目的です。
最後に、この決断に寄り添ってくださった皆様に心から感謝します。
