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伝怪⑥

《悪夢 2》

「ふぅん、包帯巻きの怪人ねぇ」

 夢の中で興味深げに言ったのは、壊れてしまう前の父だった。
 ちょっと不満げに唇を尖らせる聡美の隣には、おなじく幼女のカヨちゃんがいて、父の反応への期待に目を輝かせている。これは六年前。〝例の都市伝説の怪人〟のことを父に話した、あの日の記憶の再現だ。

「見た目はミイラ男みたいだけど、話のディテールは通り物に似てるな」

 読んでいた本から顔を上げ、父は楽しげに目を細める。パラパラとめくって示したぶ厚い文庫本の一ページには、異様に長い杖を斜に構える襦袢姿の老爺と、乱れた着物の日本髪を結った女の人が浮世絵タッチで描かれていた。たしかこの本は父のコレクションで、妖怪研究で有名な漫画家が描いた妖怪図鑑だったはずだ。

「とおり、もの……?」
「妖怪の名前さ。そういう民話や怪談を集めるのも、研究の一環だって言ったろ? 斬られた人は、ってクダリはこの派生形と思えなくもない」

 けれど得意顔で語りはじめる父の記憶は、どういうわけかノイズ混じりで再生される。
 妖怪と怪人……同様に……起源が……人間の脆さ……肩代わり……それに、痩せぎすで包帯巻きの……これは父の描いた……絵……ざらついた映像が復活すると、ともかく――と本を閉じ、父が聡美たちに向き直る。

「聡美は、それが気に入らないわけだ」
「だって、あんまりバカバカしかったから」
 ぷっと頬を膨らませた聡美が微笑ましかったのか、父は笑いながらつづける。
「まあ、気持ちはわかるけど。でも、それはこの土地の性質上、仕方ないかなぁ……たしかこの町の歴史は、聡美にも教えたことがあったね?」
「……うん」
「じゃあ、そこにヒントがあるかもしれない」

 大学講師らしい小気味のいいテンポで、父の解説は進んだ。
 昔、とても大きな戦争があったこと。世界中を巻き込んだその戦争のおかげで、日本中が異常な活気と狂気につつまれたこと。
 戦争が泥沼の状態になったころ、この地域一帯にはたくさんの工場ができたそうだ。軍用トラックや戦闘機の部品を量産する無数の工場には、全国から労働力として人が集まってきたという。労働力や資材の運搬のため、線路が引き込まれ駅ができる。工員とその家族の居住区ができ、寮棟がつぎつぎと建設される。
 もともと荒れ野や田畑ばかりだったこの土地は、そうして市になった。

「といっても、点在してるいくつもの村を、無理やり合併させたんだけどね。そういう強引な都市開発が、当時の日本では普通に行われていた」
「それで、それでどうなったの!」

 無邪気に催促するのは、身を乗り出したカヨちゃんだ。聡美は微妙にずれてゆく会話に痺れを切らしたが、それを見透かしたように父が話の核心をつく。

「まあまあ、落ち着いて。そんなわけで結果的に、この町は噂話――とりわけ都市伝説なんて下世話なものが、根強い土地柄になったってことだな」
「……え?」

 急に答えから先に提示され、聡美は仰天した。一足飛びでいきなり結論に飛ばれると、人間は途端に話に引き込まれるものだ。父は職業上、そういう技術も身につけていた。気がつくと聡美も、カヨちゃんとおなじように身を乗り出して耳を傾けていた。

「だってそうだろ? 住民が増えれば、より多くの物資が必要になる。食べ物だって、着る物だって、それに娯楽施設だって」
「うん……」
「そうなると、お店ができて映画館ができて、病院なんかもできる。工場で働く人たちだけじゃなく、その人たちを相手に商売をする人が全国から集まってくるんだ。……ここまでは、言ってることがわかったかな?」
「……えっと、どうにか」
「よし。じゃあ、ここからが本題だ」

 満足そうに頷いて、父は自慢げに人差し指を立てた。話に興が乗ってくると、いつもやってみせる得意のポーズだった。

「いろんな土地から人が集まれば、自然といろんな文化も集まってくる。さて、聡美はどうしてだと思う?」
「……文化っていうのは、人の生活そのものだから」
「そう、よく覚えてたね。特に市の中心であるこの町はターミナルの役割も果たしてたから、生まれも育ちも違う人があふれ返って、ごった煮のような文化ができた」
「…………」
「やがて戦争が終わって工廠が解体されると、工場跡に企業や大学が入って、さらにその色合いが濃くなってゆく。工員の寮棟は公団に生まれ変わって、急場作りのコミュニティーに価値観の共有……っていうと大げさかな? でもまぁ、そういう習慣が必須になった。そこで重要になってくる同期ツールが、噂話。どこそこで特売がとか、あそこの病院は腕がいいとか、そういう有用なものからデマや流言飛語にいたるまでね。人間の潜在的な恐怖や欲求を寓話化した、都市伝説もそのひとつだ。そんな歴史から、この町には〝噂が根づきやすい土壌〟というのがあって――」

 夢中になって話しつづける父に、「あぁ、またか……」と聡美は苦笑いした。
 身ぶり手ぶりをまじえ持論を展開する父は、いつの間にか当初の目的を忘れている。娘の疑問に答えるどころか、小学生にはとうてい理解できないような、小難しい言いまわしまで飛び出している始末だ。
 横目で盗み見ると、カヨちゃんもポカーンと口を開けていた。
 でも、これだっていつものこと。まじめで研究熱心な父は、頭もよくて面倒見はいいけれど、ちょっとマイペースなところがある。軽く肘でこづかれて隣をふり向くと、カヨちゃんも首を竦めていた。ふたりで顔を見合わせて、クスクス笑い合う。親友だったあのころの、人懐っこくてほがらかなカヨちゃんの笑顔。
 と――

「あなたの、そういう身勝手なところがもう限界なの!」
 そんな狂った母の声で、急に場面は暗転する。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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