伝怪⑲
《救済の免罰符 2》
ところが時代が流れて、世の中は文明の灯りに照らされた。おっと、失礼。これは万物の説明が、科学や医学でされるようになった……という意味ですな。
それで、妖怪はお役御免です。よく『妖怪は闇の住人』なんて言われますが、あの闇は概念上の〝闇〟ということでもあるんですな。とにかく、そんなわけで妖怪は世の中から駆逐されて、ただの偶像になった。神秘性も威厳もなくして、キャラクターに。……それでも人間のこころからは、けっして闇は祓うことができない。そこで出番になるのが、神性も畏怖も取り除いた、新たな魔物……妖怪に取って代わった、伝怪。だいぶお待たせしましたが、今ここでお話しするなら。そう。
怪人、トンカラトンです。
ほほぉ、これはこれは。
そんなに身を乗りだして聞いていただけるとなると、私としても話し甲斐があるってものだ。……うん? それはいいから、早く先を? ああ、すみません。ついつい、嬉しくなってしまいまして。といっても、先程ご説明したように、こいつは極端に情報量の少ない伝怪です――多分に、私個人の見解が混じるところはご容赦ください。
……では。
まずはじめに注釈しておきますと、妖怪と違って伝怪というのは嘘っぱちだ。
いやいや、そんなに怖い顔をしないでください。現象としてという意味ではなく、〝その寓話の前提条件として〟という意味合いでのことですよ。だって、そうでしょう? もう時代は科学全盛だ。どこにも〝得体のしれないもの〟が入る隙間なんてのは、本来ならあるはずありません。ですから、伝怪は『嘘だけどこういう話があるよ?』と、そうやって楽しむ娯楽です。くり返しになりますが、〝本来は〟ね。
ただその分、非常に柔軟になった。
妖怪なら〝裏の解釈〟としてしか仕込めなかった一面も、『デマである』ことを前提にすることで、受け手に直接選択させることができる。善だの悪だの、小難しい理屈を織り込む必要は、ハナっからなくなったんですな。
トンカラトンは、夕暮れ時にただそこに現れる。
斬られてしまえば、その人間はトンカラトンになってしまう。
そこには理由も目的も、善悪だっていらない。
伝怪だって、現象なんですから。
でもひとつだけ言えるのは、やっぱりトンカラトンも〝その人が必要とした〟からやってくるんです。そして、その人に言い訳する機会を与えてくれる。『トンカラトンになったんだから、仕方がない』ってね……うしろ暗いこころの闇も、犯した罪も、全部全部、肩代わりしてくれるんですよ。
たとえばそう、いつか女性に乱暴した芸能人なんてのがいましたが。
取り調べで言ったそうじゃないですか、『襲う欲求は襲うことでしか満たされない』ってね。もちろん、そんな理屈は許されるはずもない。とてもじゃないが、まともな人間だったらこんな勝手なことは言えるものじゃない。
けどね。
だから救済はいりませんか?
病院にいけば、そりゃあ適当な病名はつけてくれるでしょう。更生するためのプログラムも組んでくれるでしょうし、場合によっては薬だって処方してくれるかもしれない。
それでも彼には、烙印は押されたままだ。罵られて生きるのは当然としても、医学や科学に任せておいてはどこにも逃げ道は作ってくれない。
人間っていうのは、身勝手でこころが脆いものですからね。
救済がなければ、またきっと壊れますよ。
壊れてしまえば、何度でも被害者が生まれる。ならそこに、安全装置をつけてしまえばいい。『魔がさしたんだ』『だから自分はわるくない』っていう具合にね。
……ああ、いえ、別に乱暴を正当化しているわけじゃ。
ただ救済のないところには、反省も贖罪もないんです。あるのは、限界まで追い詰められた〝開き直り〟だけでしょう。文明のおかげでうわべだけ綺麗になった世の中は、負い目のある人間を容赦なく糾弾しますから。
――自分たちは、当事者でもないクセにねぇ。
ふむ、それならわかる気がすると……お嬢さんは、呑み込みが早いですなぁ。ますます将来が楽しみだ。とはいえね。そんな連中にしたって、いざ自分の身がとなればなにかに救いを求めようとするモンです。
科学じゃ説明できない、得体のしれないなにか……。
病院じゃ治してくれない、わけのわからないなにか……。
ひょっとすると、そのせいかもしれません。
神も仏も、妖怪すら廃れた世の中に……いまだに根強く、伝怪なんてものが生き残っているのは。まあなんですな。名前を変えようが形を変えようが、人間のこころの闇はいつの時代も変わらない。
トンカラトンも、通り物も、だからきっと起源は一緒なんですよ。救われたい、助かりたい……いっそ、なにかのせいにして壊してしまいたい。
とかくこの世は、生きづらいですから。
そういう弱いこころを掬い取る、救済措置なんでしょう……はい」
