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伝怪⑱

《救済の免罰符 1》

「まあ、見た目は別として、話の造形がって意味でねぇ。
 通り掛けの魔にヤられると、あてられて人が変わってしまう。それこそ〝別のなにものか〟にでもなったみたいに……説教くさいところを抜かせば、本当にそっくりだ。
 と、そこで先般のお話です。

 ……おや。

 なんのことかって? いやですね。役割ですよ、伝怪の役割。救済のための、って、あれですあれ。そうそう、妖怪と伝怪のおなじ側面――ってやつですなぁ。よかった、忘れられてなくて。それじゃあ、ずいぶんと横道にそれてしまいましたが、このトンカラトンと通り物を例にして、ご説明しましょうか。

 まずは、通り物。

 お嬢さんもご承知のように、こっちの方は妖怪だ。妖怪である以上、なんらかの意味がある。この話だとさしずめ、不可解なことをした人間の〝行動原理の説明〟。といったところになりましょうか。今なら〝発達障害〟だの〝ストレス性ナントカ〟だの、いろいろと病名もつくんでしょうが、あいにく精神医学なんて便利なモンは、この時代にはまだなかった。あれが確立されたのは、十九世紀の終わりころですからねぇ。

 世の中には、こんなおっかないものがいるよ。
 だからつねに、気を静めて注意しなさい。

 お経なんてのはまぁ、たいがいの魑魅魍魎には効きますが……それでもちゃんと、おまじないまで用意してある。じつに懇切丁寧な対策と方針だ。そんな風に妖怪は、人間のために悪役を買って出てくれていた。〝人間が勝手に狂った〟のに、それがあたかも『自分たちのせい』だと言わんばかりにですよ。人間っていうのは、昔からそうして〝自分はわるくない〟と言い張るモンです。これはもう、立派な救済措置ですなぁ。
 ――ところで。

 お嬢さんは、どう思います? 見ていた女房と狂った細君。この話で救われたのは、一体どっちなんでしょう。

 いえいえ、難しく考える必要はありませんよ。直感で答えてもらって結構です。……ああ、はい。それなら〝魔にさされる〟のを逃れた、女房の方ですって? 狂った細君の方は、あてられて罪を犯したから。なるほど、そりゃそうですな。教訓を旨とする妖怪譚ですから、それはまっとうなお答えだ。

 でもね、私はこんな風にも思うんですよ。

 難こそ逃れたものの、女房も通り物には行き会っている。
 ということは、本当は女房にも〝狂ってしまいたい理由〟ってのが、こころのどこかにあったんじゃないかってね。お嬢さんも知っての通り、煎じ詰めれば妖怪なんてのはただの概念だ。でなけりゃ、最初から姿が見えるいわれもありませんから。
 そうなるともしかして、救われたのは狂った細君の方なんじゃ――そんな気も、してきたりしませんか?

 あはは、ええ、ええ……当然これは、私の勝手な言い分です。
 どんなに文献をひっくり返したところで、そんな話はこれっぽっちも出てきません。だけどね、私はやっぱりそう思ってしまうんですよ。女房にも細君にも、おなじように狂ってしまいほどの鬱屈があった。ものの話ではこの女房、借家住まいをしている理由は『火事で焼き出されたから』なんて言われてますしねぇ。

 その上、亭主は女房をほったらかし。
 これじゃあ、ストレスだって溜まり放題だ。

 人間のこころなんてのは、元来とっても脆いものです。
 とんだ不幸に見舞われたあげく、銭もなければ救いもない。そんな欝々した思いをかかえながら、なんの気力もなくぼぅっと庭を眺めて亭主を待つ。どんな目に合ったって、なんの保証もない時代だ。一寸先は闇みたいなものでしょう。帰りを待つうち、いっそのこと亭主を道連れに……なんて不穏なことも、女房の頭をよぎったかもしれない。
 で、そんな時ですよ。

 荒れ放題の庭先に、不気味な老爺が現れる。

 もちろんこれは、女房のこころの闇の投影です。現実にそこに立っていたかもしれないし、立っていなかったのかもしれない。さぞかし女房は、驚いたことでしょう。もともと品行方正で生真面目な女房は、はっとして我に返る。きっとあれはわるいものだと決めつけて、対策を練る。ここでいうのは、お経というおまじないですな。

 気を静めて、というよりは。
 そうすることで、自然と〝気が静まった〟んでしょう。

 目を開くと、老爺の姿は消えていた。当たり前です。これは女房の気の迷い……弱ったこころが見せた、幻覚なんですから。
 それでも老爺――通り物は、女房のこころのうつし鏡です。
 女房が望んだからこそ、そこに姿を現した。
 たしかに、気丈に振舞ったおかげで、女房は罪を犯さず済んだかもしれない。教科書に載せるようなお話なら、これでめでたしめでたしだ……とはいえ、このあと女房はどんな人生を歩んだんですかねぇ。

 亭主はまじめに働いて、暮らしは立ち直ったんでしょうか?
 女房のかかえた闇は、無事に晴らせたんでしょうか?

 ぼっとすると、素直に妖怪に身を任せて狂っていた方が――なんてのは、まあ、詭弁ですがね。でも、そういう〝裏の解釈〟も、妖怪にはあるんですよ。これだって、ちゃんとした救済だ。狂った細君にしても、細君にヤられた人にしても、それはもう『とり憑いた魔物』のせい。それで言い訳も諦めもつく。偉い学者さんにすればとんでもない冒涜でしょうが、私なんかはそう思いますよ。

 妖怪は現象ですから。
 現象は、善悪を気にしません。
 被害者も加害者も、傍観者だって均等に救うんです。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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