伝怪㉑
《エピローグ》
―― ・ ――
……とまぁ、これが事件の一部始終でして。
ことが済んだあと、女の子がちくわを咥えてたってぇのは――アレの隠喩なんでしょうなぁ。アレですよ、アレ。お父つぁんの、ア、レ。……業が深いというか、情が深いというか、人間てなわからんモンです。可愛さ余ってなんてこたぁ、昔から言いますが、どうも憎さが余っても、愛着ってのは湧いてくるらしい。
ええ、ええ、そりゃあねぇ。
いかんせん、自分のはじめてを散らした、お父つぁんのアレですから。
あはは、なにもそんな。そこで旦那が股間を押さえるこたぁないでしょ。それとも、なにか思い出しましたかい? ヒヒ……ああ、はいはい。それで女の子が、それからどうかなったか。さて、そいつはアタシにもちょっと。
まあ、おっ母さんだの友達だの、ひとりで何人も演じわけてたんだ。大方どっかの病院にでも搬送されて、分裂症だなんだと適当な病名でもつけられたんでしょうが……仮に退院できたとして、世間様に受け入れてもらえるかどうか。
なにせ、人殺しですからね。人殺し。
しかも、よりにもよって親殺しだ。今の世の中、こればっかりはどうやっても帳消しにゃできやせん。情状酌量の余地、ってんですかい? それがあったとしても、ちょっと社会復帰は難しいでしょうなぁ……なにしろ、もうどこにも魔物なんざいませんから。医学や科学の、これが限界ってやつです。あらそうですか、じゃあ新しいお薬を出しておきますね、ってなモンで……ハァハァよろこぶのは、インターネット辺りのイカモノ連中ぐらいだ。アタシなんかにすりゃあ、そっちの方がよっぽど気色わるいですけどねぇ。
――とはいえ。
そんな無責任な連中の頭ン中こそ、得体のしれないモンの温床だ。ひょっとすると、こっからまた〝新手の伝怪〟なんてのも、産まれるかもしれない。
ほら、ネットは〝現代の闇〟だなんていうでしょう? 膨れ上がった自尊心。ひとりよがりな被害妄想。こじらせた絶対正義。人目にさえつかなきゃあ、人間は平気で薄汚ぇこころン中を好き放題にぶちまける。だからあの痰壺ン中は、いつでも人のうしろ暗い部分でいっぱいだ。伝怪なんてのはそっから湧いて出て、たまにこんな風に、ひょっこりこっち側に顔を見せたりするモンです。へへへ。
と、そんなわけで――おや。
どうしました、旦那。顔が真っ青みたいですぜ?
うん? アタシの格好……? 嫌ですねぇ。最初っから、このナリじゃないですか。一張羅の長襦袢に、トレードマークの長い杖……別に着替えてなんかいませんや。
へぇへぇ、仰る通りで……それとも。
グルグルの包帯巻きで現れた方が、旦那のお好みでしたかい?
ははぁ、よかった。ようやく全部、思い出してもらえましたか。
そうです。そうです。通り物でもトンカラトンでも、好きな方で呼んでください。どっちにしたって、たいして変わりゃあしないんだ。……おっと。
なにも構える必要はありませんや。
だって旦那はもう、娘さんに斬り殺されてるでしょう?
そう、だからアタシは斬りにきたんじゃあなくって、お迎えに上がりました。トンカラトンに斬られたんだ。設定通り、旦那もトンカラトンにならないと。ええ、ええ、図書館でちょっとばかり話させていただきましたが、いい娘さんじゃないですかい。ありゃあ将来有望だ。なんてったって、仕事が早い。
それに比べて、旦那は往生際がわるいですなぁ。
まぁだこんなところで、ふらふらとさまよって……。
さ、それじゃ行きましょうか……って、おやおや。こりゃ困りモンだ。頭ぁ掻き毟ってみたところで、今さら起こった事実は変わりませんぜ?
いい大学出て、講師んなって、なんで自分が? そりゃまあ、そうなんでしょうが……言ったところでそいつは、ただの旦那の屁理屈でしょう。身の程しらずな自己評価と、厚顔無恥な自己偏愛……旦那のこころの闇も、たいがい深いですなぁ。
こいつはきっと、いい伝怪になる。
ってなわけですから、あんまり手間ぁ掛けさせないでください。そうそう。個人的な逆恨みを晴らそうが、無差別に他人をこっちに引きずり込んで貶めようが……こっから先は、旦那の自由ですんで。もちろん、アタシも口出しなんざしません。なにせ伝怪は、現象ですから。いいもわるいも関係ありませんや。
……あぁ、さいですかい。それなら、おとなしく往生してくれると?
ふぅ、これだからまったく……。
どんなに時代が下ってみても、ほんとに変わらないモンですなぁ――いつんなってもおっかねぇのは、アタシら魔物より人間のこころン中の方だ。
〈了〉
