適応障害のきっかけとなった、求人内容と全然違った職場。
ちょっとしたときに、ここの職場を思い出すと吐き気がするので。
その吐き気をなくしたい。前に進みたいので、ここに吐き出していこうと思う。
人は、自分が予測していなかったもの(新しいこと)をやりきろうとする(チャレンジしようとする)と、思った以上に身体と心にダメージがくる。
そう、身をもって体験した派遣先。
🍊求人内容🍊
都内、大手物流会社 時給1,800円 営業事務
・見積作成、注文書作成、納期対応、社内社外とのやり取り(メール、電話対応)、データ管理、その他不随業務
※一部、要略しております
この求人内容を見て、罠があろうとは思いもよらなかったわたし。🍊
ここが適応障害のきっかけになるなんて、微塵も思いませんでした。
感じの良さそうに見えた、先輩社員や職場の人たち。
きれいなオフィス。
今までの経験を活かしていける業務内容。
自信があって入ったようなものです。
一番最初に入って作業したもの。
それは、
毎月合わない数字の分析でした。
明らかに求人内容と違うよね?。。。ともやもやした感じを抱えながら、歓迎の飲み会でさらに明らかになったこと。
その合わない数字を分析している先輩の後釜を探していること。
そして、その業務ができるのは、社内でただ一人、その先輩だけだということ。
上層部はお手上げ状態だとういうこと。
求人内容と全然違う業務。
企業の自分勝手な欲望を押し付けてくる感じにもやっとしたまま、気にしないように努めました。
感じの良さそうに見えた先輩社員は最初だけでした。
分からないことを何度も聞いても、何を伝えたいのかがよく分からず、結局何?の状態が続きました。
例えば、作業工程で4の工程が分からないので聞いたところ、1~10まで説明され、結局4の工程はどこなの?となり、また同じことを説明される。
その結果、教えるのに疲れたのか、在宅に逃げるようになり、業務が回ってこなくなりました。
過去のものを参考にしようと思ってフォルダ内を探しても、そのデータやマニュアルが見当たりません。
また社内メンバー同士はコミュニケーションが見られず、表情は暗く、目を合わせようとしないのが印象的で、毎月何人もの社員や派遣社員が離職していました。
廊下ですれ違っても挨拶なんてあるわけがありません。
郷に入っては郷に従え。
わたしも段々と、誰とも挨拶をせず、話そうともせず、ただ与えられたものだけを淡々とこなしてく日々になっていきました。
信頼も学びたいものも働き続けたいモチベーションも、初期のころから何もありませんでした。
追い打ちをかけるように、以前、NOTEに書き綴ったこと。
☟これが身に降りかかってきました。

ひまな状態が2~3ヵ月、続くようになりました。
最初に身体にきたストレスは頭痛。
もともと片頭痛があり、生理の2週間前にくる体調不良もありましたが、これに拍車がかかるように激しい頭痛が毎日続きました。
それと同時に、社内のトイレや帰りの電車で突然涙が止まらなくなる現象が何回か起きました。
泣いても泣いても涙が止まらない。
やっと落ち着いたと思い、席に戻るとまた涙が流れ、トイレに籠り泣き続ける、の繰り返しとなり、情緒不安定とはまさにこのこと。
娘の中学受験がおわるまで。
自分の身に起きている身体症状を抑え込み、更新を選び続けた結果。
在宅時、パソコンを開けたとき、強い吐き気が襲いました。
気にしないよう努めましたが、強い吐き気は治まらず。
しばらく横になったり、炭酸を少し飲んでみたり。
が、吐き気は治まらず、嘔吐。
📩「体調不良のため、お休みを頂きます。」
📩「分かりました。お大事になさってください。」
この状態が3日間続き、あ、これは身体症状としてきているものなんだなと思い、家の近くの診療内科を受診し、「求人内容が全然違ったところで働き始めた」旨を先生を伝えると、「あ~。。。」と返事と適応障害の診断が。
この連絡を派遣先、職場へ連絡したところ、派遣会社から連絡はすぐにきましたが、職場からは何の音沙汰もありませんでした。
所詮、この程度の信頼関係!
こんなところに時間を割いてしまった、わたしの時間を返してほしい。
もう、くよくよしたくありませんが、悲しみと怒りが未だに襲ってきます。
自分が強い違和感を感じた職場は直ぐに逃げること。
未来の自分のために、ここに記します。
🍊なつみかん🍊
