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voice_watanabe
誰にも言わないでね
今くらいの、寝る時のパジャマに悩む季節に思い出す。
飲み会がとても多い職場に勤めていた。
私は酒が弱かったし、車通勤なので基本飲むことはなかった。
そこには度々、隣にいる女性が違う先輩がいた。
仕事はまじめで、誰に対しても気さくなひと。
私は部署が違うのであまり話した事は無かったが、飲み会でカラオケになると、ギョっとするほど夜の匂いの歌声になるので印象が強かった。
湿度というか粘度というか。
ある日、だいぶ酔ってしまった先輩を送ることになった。
飲み屋街から駐車場までは、新幹線の高架下を暫く歩く。
天気の話レベルの当たり障りのない話をしながら歩いていると、先輩の足音が止まり、 振り返ると
「誰にも言わないで欲しいんだけどさ」
これ、いきなり前触れもなく、重い約束を投げつけてくる暴力だと思う。
妙に明るい街灯が、先輩の影を異様に長く伸ばしている。
「俺が世界で一番好きなのは⚫️なんだ。」
ちなみにわたしは⚫️ではない。
頭の上の新幹線が はよリアクションせよ。 と言わんばかりに
ザシャーーーー っと通り過ぎた。
音がやっとなくなった頃、やっと捻り出せたのは、
「わかりました。言いません。」
街灯に照らされた先輩は、ニコっと笑って、「いいこだね。」 と言った。
私と先輩の影が重なったのはその時だけである。
重なったのは影だけである。
数年後、先輩は●さんでは無い女性と結婚した。
もう20年以上経つのに、ぺたぺたした空気の夜には思い出してしまう。
ちなみにまだ、誰にも言っていない。
