『頑張らなきゃ』をやめると、自由になれる。畑の野菜が教えてくれたこと
何もできない日が、あるんです
何をする気も起きない。
布団にくるまって、妄想にふける。
起きた瞬間から、もう一日が重い。
……ありますよね。そういう日。
私にも、あります。
松田です。
山々に囲まれた、街なかから車で50分くらいの、静かなところ。
そこで50坪ほどの畑を借りて、今年でちょうど10年になります。
こんなことを書いていると、
丁寧な暮らしをしている人みたいですよね。
家庭菜園が趣味で、休日は土いじり。
いいご身分だ、と。
でも、
ちょっと聞いてもらえますか。
私には、その大好きな畑に着いてもなお、
何もできない日があるんです。
クワも握らない。
草も抜かない。
ただ、しゃがみこんで、
ぼーっとしている。
気づいたら一時間、
虫の声を聞いていただけ。
そんな日が、わりとあるんです。
正直に、打ち明けますね
私はいま、会社員としての給料が、
それなりにあります。
20代のころ、借金に追われて、
毎月の支払いにおびえていたころから比べれば、
ずいぶん変わりました。
数字の上では、
たしかに「立て直せた」ほうの人間だと思います。
でも、その私が、いまだに、朝、
胸の上に何かが乗っているみたいな日があるんです。
不安で押し潰されそうな感覚を、
ふと思い出すときがあるんです。
お金で解決したはずの不安が、
まだそこに座っている。
若いころの私は、こういう自分が、
大嫌いでした。
動けない自分に、正直、
いつもイライラしていたんです。
「休んでる暇があるなら動けよ」と、自分で自分を急かしていた。
嫌な記憶が、ときどき亡霊みたいに顔を出します。
歯を食いしばって走っていた、あのころの私が。
休むことは、悪いことだと思っていました。
立ち止まったら、置いていかれる。
サボったぶんだけ、人より遅れる。
そう信じて、恐怖を感じ続けて走ってきました。
その考えが、すこしだけ、ほどけたんです。
ほかでもない、この畑のおかげで。
野菜は、急かしても育たない

畑で野菜を作っていると、いくつか、
学ぶことがあります。
野菜は、こっちがどれだけ懸命に世話を焼いても、
「早く大きくなろう」なんて、たぶん考えちゃいないんです。
もちろん、手はかけられますよ。
水をやったり、肥料を入れたり、
虫をとってやったり、いらない葉っぱを落としてやったり。
そのぶん、幾分か大きくなったり、
甘くなったりはする。
でも、それ以上でも、それ以下でもないんですよね。
人の努力でミニトマトが大玉トマトに化けるわけもないし、
キュウリが、大好物のサーロインステーキの味になるわけもない。
最後の最後、どれくらいの早さで、どこまで育つか。
それを決めているのは、私じゃないんです。
野菜自身ですよね。
トマトの前にしゃがんで、「早く真っ赤になれー」と念じてみても、
相手は知らん顔。
それどころか、焦って肥料をやりすぎると、
葉っぱばかり茂って、実がつかなくなる。
よかれと思った手出しで、かえってだめにしてしまう。
これ、ハッと気づいたことが、あったんです。
あのときの私、なんですよ。
休んでる暇があるなら動け。
一秒たりとも、無駄にするな。
20代のあのころから、ずっとそう自分を急かして、
走り続けてきました。
お金の問題が片付いたあとも、です。
焦ることが成果につながらないと、
どこかでわかっていながら、
それでも、止まったら終わる気がして、
確信が持てなくて。
でも、いまになって思うんです。
あれは、頑張っていたんじゃない。
ただ、焦っていただけ、なんじゃないか、と。
焦って、肥料をやりすぎていただけ。
実がつくどころか、自分の葉っぱばかり茂らせて、
根っこを、すり減らしていただけ。
何もできずに、畑にしゃがみこんでいたあの日。
足元の野菜を、ぼーっと眺めていて、
ふと、そう思ったんです。
頑張っているつもりが、焦っているだけ、なのかもしれない。
……そういえば。
寝る間を惜しんで死に物狂いに走って、
それで心から幸せそうに笑っている人。
私のまわりに、一人もいないんですよね。
そう気づいた瞬間、心臓をぎゅっと握られていた感覚が、
フッと、ゆるんだ気がしたんです。
それからの私は、畑で何もできない日があっても、
「まあ、そんな日もあるよね」と、
さらっと流す——のを、頑張るようになりました(笑)。
家の庭から、松田ファームをぼーっと見渡して、
その日は終了。
たったそれだけのことが、できるようになったんです。
頑張らなくて、いいんです
だから、頑張らなくて、いいんです。
だって、頑張ればうまくいくんだったら、とっくの昔に、そうなってないとおかしいんですよ。
……でしょう?
もし、頑張れば頑張るほど苦しくなる、
そんな悪循環の中にいるのなら。
いったん、頑張るのを、やめていいんです。
いや、「やめる」と決めた自分を、むしろ褒めてやってください。
そして、頑張らないことを選んだ自分を、許してあげる。
欲を言えば、いつか、誰かのことも。
そうやって、一つずつ手放していくと、ふっと、軽くなる瞬間が来ます。
何があっても、まあ、なんとかなる。
そう思える自由が、ちゃんと手に入るんですよ。

……なんて、えらそうに書いてはみたものの。
そんなことを畑でぼんやり考えていたら、足元で、
愛犬が私の足に抱き着いてきました。
「もう帰ろう!」とでも言いたげに。
この子は、頑張るも焦るも、
自由も悪循環も、まるで関係ない。
お腹が空いたら、ワンワン言って、ご飯を食べて。
眠くなったら自分のベッドで寝る。
しなければならないことはない。
ああ、これだ、と思いました。
私たちも、ほんとうは、そのくらいでいいのかもしれません。
犬に生き方を教えられるようじゃ、
私もまだまだですね(笑)。
それでは、今日はこのへんで。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
実は私、30代前半まで、人並みの生活すら送れませんでした。
テレビドラマで描かれるような、
きらびやかな人生(恋も、仕事も)とは、まるで無縁。
でも、あきらめも、落胆も、
ましてや両親への恨みも、
いまはこれっぽっちもありません。
(昔は正直、とんでもないくらい、ありました)
億万長者ではありませんが、毎日を、ちゃんと楽しめています。
でも、これが人生のゴールではありません。まだ、
その途中だからです。
人は、何歳からでも変わって、人生を、ちゃんと楽しめるようになる。
それを、いま証明している最中なんです。
このnoteは、そんな私が綴る、ささやかな選択の記録です。
人生は、選択でできています。
何を選ぶか。
私のおすすめは、いつだって「今を楽しむ」ほうです。
先のことを考えて不安になるより、今日を、機嫌よく。
つらいとき、しんどいとき、そっと「大丈夫ですよ」とお届けできる文章を、綴っていきたい。
深刻にならず、真剣に。
なんとかならないことはありませんよ。
松田海都
はじめましての方は、プロフィールもぜひ。
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