お久しぶりです
体調崩してました。
どうも自分は喉が弱く、こういう季節の変わり目に必ず風邪やらインフルやらを貰ってきてしまう。一度引くならまだしも、ひと月に一回はやらかすので手に負えない。そんなにかかったことがないという人もいるのでビックリした。
復帰がてら日々思うことを書いてみる。
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この前書いた「田舎の若いゲイ」という記事がえらく伸びている。今のようにふと思い立って勢いで書いた記事だ。バズることも何も考えておらず、ずっと昔から思っていたことを並べて書いただけだ。体験談はすべて実話だし、嘘は一つもついていない。だからこそ見る人に響いたのだろうか。
実を言うとあれを書き始めた時はどういう話に着地するか全く考えていなかった。これではただの愚痴になるかと思ったら思わぬ風刺記事が出来てしまったという塩梅だ。
あそこで"結局皆が求めている雄は〜"という逆説的なオチが出来たのは我が事ながら驚いた。あそこだけは普段から考えていたことではなく、書いていくうちに頭の中が整理され、"じゃア俺たちは"その先"に何を求めているのだろう"という思った瞬間に降ってきた。ゾーンに入ったとはこのことか。
あそこまで反応が来るとなると、こういう方向性ならもっと見てもらえるのではとか、振り切って他でも風刺記事を書くのがいいのではと思った。だけどすぐ止めた。俺がnoteを始めたのは自己表現のためで、色んなコンテンツの深掘りや考察をしたくてやり出したのが大元だ。それを安易に反応がある方にすぐ寄っていくと軸がブレてしまう。何より、俺が書きたいことじゃない。
だから俺はやっぱり自分の書きたいことだけ書くことにする。たまに思い立ってああいうのを書く時もあるだろう。ただそれは他者に求められてではなく、あくまで主体は俺が書きたいから書いてるってことだ。これからもよろしく。
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Xで「noteって"自分が発信者である"と錯覚させるのが上手いメディアだよね」と馬鹿にするツイートが流れてきて、ふと手が止まった。
ネットでの今の流行りは「冷笑系」だと認識している。一つのことを愚直に打ち込んでいる人間を一歩上から批評し嘲笑する文化だが、それがこのツイートに詰まっていると感じた。"noteやってるやつは高尚な気分になって次々と熱量高い文章を送り出してるけどなんか笑えるよね"、という意味合いが透けて見える。
ま、もう結論から言うと、この手の輩は自分では何もしていないのだ。このツイート主に限らずだが、冷笑系は成し遂げていない自分を他と常に比較し、その癖何かやってる人を見ると無意識に焦り、批判し、嘲笑し、同時に自分も何かやっている気分になって満たされている。自分が持っていない「情熱」や「行動力」を直視するのが辛いから、それを持っている人を攻撃して価値を下げようとしているんだな。
冷笑は一番楽なんだよ。何もしてない自分を見なくていいし正当化できる。あいつら必死になって馬鹿なんじゃないの、と自分のポジションだけは守れるから。
でも冷笑系たちは結局のところ、誰かが作ったコンテンツや誰かの行動という「他人の人生」に寄生してしか発言できないということは発信しておきたい。同じ土俵にすら上がっていない、もしくは自ら降りた輩に何を言われようが、それこそ俺がこうして糧にしてやる。
あと、Xでも結局は皆発信者だよということは伝えたい。昨今の炎上や誹謗中傷騒ぎをこの人は見ていないんだろうか。いつまで他人事でいられるんだろうか。いつまで蚊帳の外で見ているんだろうか。
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リハビリはこのくらいにしておこう。楽曲レビューやゲームレビューもしたいんだよな。早めに仕上げて投稿したい。
