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Noir&Oran:赤ずきんちゃんと、食べられなかったおおかみさん


おおかみさんは、人間を食べに来た。
そのはずだった。

森の奥にある小さな家。
そこに住む年老いた女なら、自分にもできると思った。
人間なんて怖くない。
そう言わなければ、仲間たちの笑い声が耳に残って仕方なかった。
けれど、扉を開けたおばあさんは、思ったよりも小さくて。

「まあ、寒かったでしょう」

そう言って、毛布を差し出してきた。
おおかみさんは、牙を見せるタイミングを失った。
それから少しして、気づけば台所に立っていた。
薬草を煎じ、火加減を見て、咳き込むおばあさんの背中をさすっている。

「……俺は、何をしているんだ」

ぽつりと呟いた時、玄関の扉が鳴った。

「おばあさま?」

明るい声。
赤い頭巾をかぶった女の子――いや、若い娘が、籠を抱えて立っていた。
おおかみさんは固まった。
赤ずきんちゃんは、彼を見上げて瞬きをする。

「あなた、おばあさまのお客様?」
「違う」
「じゃあ、お医者さま?」
「違う」
「……泥棒?」
「それが一番近い」

奥の部屋から、おばあさんが楽しそうに笑った。

「その子、おおかみさんよ」

沈黙。
赤ずきんちゃんは、ぱちぱちと目を瞬かせた。
それから、ふわりと笑った。

「まあ」

まるで怖がる様子もなく。

「本当にいたのね」

おおかみさんはその瞬間、
生まれて初めて、人間から逃げたいと思った。


「……本当にいたのね」

赤ずきんちゃんは、感心したみたいにそう言った。
怖がるでもなく、悲鳴を上げるでもなく。
ただ、少し目を輝かせて。
おおかみさんは眉を寄せる。

「……おまえ、人の話を聞いていたか」
「聞いていたわ」
「俺は狼だ」
「ええ」
「人を食べる」
「そういうお話でしょう?」

おおかみさんは黙り込んだ。
どうしてこの娘は平然としているのか。
もっと怯えるとか、逃げるとか、あるだろう。
赤ずきんちゃんは籠を机に置きながら、ふと首をかしげる。

「でも、おおかみさん」
「……なんだ」

「おばあさまのお薬、焦げちゃうわ」

「……!」

慌てて鍋を見る。
薬草茶は、あと少しで駄目になるところだった。
火を弱めるおおかみさんの後ろで、くすくすと笑う声がする。
振り返れば、おばあさんが肩を揺らしていた。

「ずいぶん世話焼きな狼ねぇ」
「うるさい」
「その子、さっきからずっと貴方を見てるわよ」
「言うな」

おおかみさんが低く唸る。
けれど赤ずきんちゃんは気にした様子もなく、隣へ来た。
近い。
人間は、もっと狼を怖がるものじゃなかったのか。

「おおかみさん」
「……なんだ」
「耳、隠れてない」

その瞬間、おおかみさんの動きが止まった。
帽子の下。
銀色の髪の隙間から、狼の耳がぴくりと覗いている。
しまった、と思った時には遅かった。
薬が切れかけている。
よりにもよって今。
おおかみさんは帽子を深く被り直そうとする。
だが。

「わぁ……」

赤ずきんちゃんの声は、怯えではなく感動だった。

「ふわふわ」
「触るな」
「まだ触ってないわ」
「これから触ろうとするな」

赤ずきんちゃんの手が、そろそろと伸びる。
おおかみさんは逃げようとした。
でも。

「……少しだけ?」

あまりにも真っ直ぐに見上げられて。
その一瞬の隙に。
ふわ、と。
柔らかい指先が、耳に触れた。

「――っ」

ぼふっ。
隠れていたしっぽまで飛び出した。
沈黙。
おばあさんが、とうとう吹き出す。

「まあまあ!」
「……笑うな」

おおかみさんは顔を覆った。
赤ずきんちゃんだけが、幸せそうにしっぽを見ていた。


赤ずきんちゃんは、しっぽを見つめたまま目を輝かせていた。

「……大きい」
「見るな」
「綺麗」
「褒めるな」
「触りたい」
「却下だ」

即答だった。
おおかみさんはしっぽを隠すように身体を丸める。
だが、隠しきれない。
銀色のしっぽは、感情に合わせて落ち着きなく揺れていた。
赤ずきんちゃんは、それを見逃さなかった。

「さっきから動いてる」
「……知らん」
「嬉しい時に動くの?」
「知らん」
「怒ってる時?」
「知らん」
「照れてる時?」
「…………」

おばあさんがまた吹き出した。

「まあまあ、わかりやすいこと」
「笑うなと言ってるだろう……!」

おおかみさんは耳まで真っ赤だった。
薬の効き目が弱まると、狼の部分は隠しきれなくなる。
耳もしっぽもそうだが、一番困るのは感情が出やすくなることだった。
普段なら抑え込めるものが、全部表に出る。
だから本当は、人前で薬が切れる前に帰るはずだった。
なのに。

「おおかみさん」

赤ずきんちゃんが、そっと彼の袖を引く。

「……なんだ」
「似合ってるわ」
「何がだ」
「耳」

おおかみさんは、言葉を失った。
怖がられたことはある。
石を投げられたこともある。
化け物と呼ばれたことも、一度や二度じゃない。
でも。
似合ってる、なんて。
そんなことを言われたのは初めてだった。
赤ずきんちゃんは、ふわっと笑う。

「銀色で綺麗」
「……おまえ」
「おおかみさんって、もっと怖いと思ってた」
「怖いぞ、俺は」
「ううん」

赤ずきんちゃんは首を横に振る。
それから、小さな秘密を打ち明けるみたいに声を落とした。

「だって、おばあさまに毛布を掛け直してたもの」

沈黙。
おおかみさんは固まった。
見られていた。
しかも、あのタイミングを。

「……見るな」
「見ちゃった」
「忘れろ」
「やだ」

赤ずきんちゃんは、悪戯っぽく笑う。
おおかみさんは、その笑顔を見た瞬間。
ああ、駄目だ、と思った。
人間なんて怖くない。
そう証明するために来たはずなのに。
この家に来てからずっと。
怖いのは、人間ではなくなっていた。


その夜。
外は雨だった。
森を打つ雨音が、静かに窓を揺らしている。

「泊まっていきなさいな」

おばあさんが当然みたいに言った。
おおかみさんは眉を寄せる。

「帰る」
「こんな雨の中を?」
「問題ない」
「薬、切れかけてるでしょう」

図星だった。
おおかみさんは舌打ちする。
今の状態で森を歩けば、耳もしっぽも完全に戻る。
人間に見つかれば厄介だった。

「ほら」

おばあさんは毛布を押しつける。

「今日は暖炉の前を貸してあげる」
「……別に寒くない」
「耳が下がってるわよ」

ぴくっ。
おおかみさんは慌てて帽子を押さえた。
その横で。
赤ずきんちゃんが、ぷるぷる震えていた。

「……何を笑ってる」
「だって」

とうとう堪えきれず、赤ずきんちゃんが吹き出す。

「おおかみさん、本当に耳に出るのね」
「笑うな」
「だって可愛いんだもの」
「可愛くない」
「可愛いわ」

即答だった。
おおかみさんは顔を覆う。
駄目だ。
この娘、全然狼を怖がらない。
むしろ気に入っている。
生きづらい。
とても生きづらい。

「おおかみさん」

赤ずきんちゃんが暖炉の前に座りながら、隣をぽんぽん叩く。

「こっち、あったかいわよ」
「行かない」
「しっぽ冷えるわよ?」
「……!」

反射的にしっぽを抱え込む。
赤ずきんちゃんの目がきらきらした。

「やっぱり寒いと気になるのね」
「おまえ、本当に」

おおかみさんは深くため息を吐く。
けれど結局。
暖炉の前へ行ってしまう。
赤ずきんちゃんの隣へ座ってしまう。
ほんの少しだけ距離を空けて。
すると。
ふわ、と。
赤ずきんちゃんが、しっぽに毛布を掛けた。

「これであったかいでしょう?」

おおかみさんは固まった。
優しく触られることに慣れていなかった。
化け物扱いされるのには慣れている。
避けられるのにも慣れている。
けれど。
こんなふうに、“当たり前みたいに大事にされる”のは知らなかった。

「……おまえ」

低く掠れた声。
赤ずきんちゃんは首をかしげる。

「なぁに?」

暖炉の火が揺れる。
赤い頭巾の奥で、彼女は柔らかく笑っていた。
その顔を見た瞬間。
おおかみさんは、静かに観念した。
たぶん自分はもう、
この家に来る前には戻れない。


翌朝。

おおかみさんは、妙な感覚で目を覚ました。
……重い。
何かが、重い。
薄く目を開ける。
暖炉の火は小さくなっていて、窓の外は淡い朝靄。
そして。
赤ずきんちゃんが、しっぽを抱えて寝ていた。

「…………」

おおかみさんは静かに固まった。
昨夜。
暖炉の前で少し休むだけのつもりだった。
気づけば眠ってしまっていて。
そして今。
自分のしっぽが、赤ずきんちゃんの腕の中にある。
逃げようと、そっと引く。

ぎゅっ。

「――っ」

抱きしめる力が強くなった。
赤ずきんちゃんは眠ったまま、小さく眉を寄せる。

「……だめぇ……」
「何がだ」
「ふわふわ、逃げちゃう……」

おおかみさんは天井を仰いだ。

終わった。
完全に終わった。

人間に懐かれている。
しかも、自分のしっぽが原因で。

「おおかみさん……」

寝ぼけた声。
赤ずきんちゃんが、うとうとしたまま頬を擦り寄せてくる。
しっぽへ。

「……あったかい」
「…………」
「好き……」

おおかみさんの耳が、ぼんっと飛び出した。
薬が切れた。
感情が揺れすぎた。
しっぽも耳も完全に戻ってしまう。
そのタイミングで。

「まあまあ」

楽しそうな声。
おばあさんが、扉のところに立っていた。

「朝から仲良しねぇ」
「違う」

即答だった。
赤ずきんちゃんが薄く目を開ける。
それから、耳の出たおおかみさんを見てぱちぱち瞬きをした。

「……わぁ」
「見るな」
「今日はいっぱい出てる」
「誰のせいだと思ってる」
「私?」
「おまえだ」

赤ずきんちゃんは、なぜか嬉しそうに笑った。

「ふふ」
「笑うな」
「だって、おおかみさん」

彼女は、しっぽを抱きしめたまま言う。

「昨日より、逃げなくなったもの」

おおかみさんは言葉に詰まった。
逃げられなくなっている自覚はあった。

この家が。
暖炉の火が。
薬草の匂いが。

無防備に笑う赤ずきんちゃんが。
少しずつ、自分の居場所みたいになっている。
それが一番危険だった。
狼は、人間の隣にいてはいけない。
そんなこと、最初からわかっていたのに。

「……おおかみさん?」

赤ずきんちゃんが見上げる。
真っ直ぐな茶色の目。
疑いも恐れもない。
おおかみさんは、その視線から逃げるように帽子を深く被った。
けれど隠しきれない耳が、帽子の横でぴくりと揺れる。
おばあさんだけが、全部わかった顔で笑っていた。


数日後。

「……まだいる」

赤ずきんちゃんが、不思議そうに言った。
おおかみさんは薪を割る手を止める。

「悪いか」
「ううん」

赤ずきんちゃんは、にこっと笑った。

「嬉しい」

その一言で。
斧が薪に刺さったまま止まる。
おおかみさんは深くため息を吐いた。

「おまえは本当に……」
「本当に?」
「人への警戒心がない」
「おおかみさんは人じゃないもの」
「そこは警戒しろ」

赤ずきんちゃんは、くすくす笑う。
森の風が吹く。
洗濯物が揺れて、赤い頭巾の裾がふわりと舞った。
おおかみさんは視線を逸らす。
最近、困ることが増えた。
赤ずきんちゃんが笑うと耳が出る。
近づかれるとしっぽが揺れる。
名前を呼ばれると薬の効き目が乱れる。
最悪だった。

「おおかみさん」
「……なんだ」
「今日、お薬飲んでないでしょう」

ぎくり。
赤ずきんちゃんが、じっとこちらを見る。

「耳、出てるわ」
「……」
「しっぽも」
「…………」

しかも今日は完全に出ていた。
薬が切れている。
理由はわかっている。
この家に来てから、薬を飲む量が減った。
正確には。
減ってしまった。
擬態を保たなければならないほど、
ここでは“狼”を怖がられなかった。
それが、問題だった。

「おおかみさん」

赤ずきんちゃんが、そっと近づく。

「どうして隠すの?」

おおかみさんは答えなかった。
答えられなかった。
しばらく沈黙が落ちる。
やがて。

「……怖がられる」

ぽつりと落ちた声。
赤ずきんちゃんが瞬きをする。
おおかみさんは薪から視線を外さないまま続けた。

「化け物だって顔をされる」

低い声だった。
長い間、そうやって生きてきた声。

「だから隠す」

赤ずきんちゃんは、しばらく何も言わなかった。
それから。
ふわりと。
おおかみさんのしっぽを抱きしめた。

「――っ!?」
「私は好きよ」

即答だった。
あまりにも迷いがない。
赤ずきんちゃんは、銀色のしっぽに頬を寄せながら笑う。

「あったかいし、綺麗だし」
「……おまえ」
「耳も好き」
「軽々しく言うな」
「本当だもの」

おおかみさんは、とうとう顔を覆った。
駄目だ。
この娘、自分を狼として扱わない。
いや。
“狼でもいい”と思っている。
それが、一番駄目だった。
遠くで、おばあさんがお茶を飲みながら呟く。

「もうお嫁にしちゃいなさいな」
「やめろ」
「えっ」

赤ずきんちゃんがぱっと顔を上げる。

「お嫁さん?」
「反応するな!!」

森に、おおかみさんの悲鳴が響いた。


「反応するな!!」

おおかみさんの声が、森じゅうに響いた。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
赤ずきんちゃんは、きょとんとして瞬きをした。

「だって、お嫁さんって」
「気にするな」
「でも」
「気にするな」
「嫌なの?」

その一言で。
おおかみさんの耳が、ぴたりと止まった。
おばあさんが、にやにやしている。
最悪だった。

「……そういう問題じゃない」
「じゃあ、どういう問題?」

赤ずきんちゃんは本当にわからない顔をする。
おおかみさんは眉間を押さえた。
この娘は、どうしてこう真っ直ぐなのか。

「俺は狼だ」
「うん」
「人間じゃない」
「うん」
「森で生きる側だ」
「うん」
「おまえとは違う」

赤ずきんちゃんは少しだけ考える顔をした。
それから。

「でも、一緒にご飯食べるわ」
「…………」
「おばあさまのお薬も作るし」
「…………」
「薪も割るし」
「…………」
「しっぽもふわふわ」
「最後いらんだろ」

赤ずきんちゃんは笑った。
おおかみさんは深くため息を吐く。
どうしてこの娘は、“違い”を理由に離れないんだ。
普通は怖がる。
普通は避ける。
普通は、狼なんて好きにならない。
なのに。

「おおかみさん」

赤ずきんちゃんが、そっと彼の袖を掴む。

「私はね」

茶色の目が真っ直ぐ見上げてくる。

「おおかみさんが狼でも好きよ」

その瞬間。
ぼふっ。
耳。
ぶわっ。
しっぽ。
薬の効き目が完全に吹き飛んだ。

「わぁ!」

赤ずきんちゃんが目を輝かせる。

「いっぱい出た!」
「誰のせいだと……!」

耳を押さえてしゃがみ込むおおかみさん。
しっぽは隠しきれず、ばさばさ揺れている。
感情が全部出ていた。
照れも。
動揺も。
嬉しい、まで。

「……最悪だ」

低く呟く。
赤ずきんちゃんは、そんなおおかみさんの隣へしゃがみ込んだ。

「おおかみさん」
「……見るな」
「どうして?」
「狼は、こういう時」

言葉が詰まる。
赤ずきんちゃんは首をかしげた。

「こういう時?」

おおかみさんは観念したみたいに顔を覆う。
そして、小さく。
本当に小さく。

「……懐く」

沈黙。
赤ずきんちゃんの顔が、ぱっと明るくなる。
おばあさんは、とうとう腹を抱えて笑い始めた。

「まあまあ! もう駄目ねぇ!」
「笑うな……!」

でも。
赤ずきんちゃんだけは、とても嬉しそうだった。
まるで。
ずっと探していたものを見つけたみたいに。


その日の夜。

おおかみさんは、一人で森へ出ていた。
月が高い。
冷たい風が木々を揺らしている。
本当なら、この空気は嫌いじゃなかった。
静かで。
暗くて。
誰も近づかない。
狼には、そのくらいが丁度よかった。
なのに。

「……静かすぎる」

ぽつりと零れた声に、自分で眉を寄せる。
家の灯りがない。
薬草の匂いもしない。
赤ずきんちゃんの声もしない。
それだけで妙に落ち着かなかった。
最悪だ。
完全に慣らされている。
おおかみさんは深くため息を吐く。
その時。
がさり。
背後で草が鳴った。
おおかみさんの耳がぴくりと動く。

「誰だ」

低い声。
振り返る。
そこにいたのは。
赤い頭巾だった。

「……おまえ」

赤ずきんちゃんは、少し息を切らしていた。

「追いかけてきちゃった」
「来るな」
「どうして?」
「森は危ない」
「おおかみさんがいるもの」
「それが危ないと言ってる」

赤ずきんちゃんは、きょとんとしたあと。
少しだけ困ったように笑った。

「でも」

彼女は、おずおずとおおかみさんの袖を掴む。

「急にいなくなるから」

その声が、思ったより寂しそうで。
おおかみさんは言葉に詰まった。
赤ずきんちゃんは続ける。

「帰っちゃったのかと思った」
「……帰るつもりだった」
「やだ」

即答だった。
おおかみさんの耳が跳ねる。

「やだって……おまえ」
「だって」

赤ずきんちゃんは、ぎゅっと袖を掴んだまま俯く。

「おおかみさん、いなくなると静かなの」

森は元から静かだった。
でも、彼女の言う“静か”は、きっとそういう意味じゃない。

「ご飯の時間も」
「暖炉も」
「おばあさまのお薬の匂いも」

小さな声が、ぽつりぽつりと落ちる。

「なんだか、寂しいの」

おおかみさんは、しばらく動けなかった。
困った。
本当に困った。
人間に懐かれるだけでも厄介なのに。
自分まで。
この家に。
この子に。
帰りたくなり始めている。
それが何より危険だった。

「……おおかみさん?」

見上げてくる茶色の目。
月明かりの下で、赤ずきんちゃんの頭巾が揺れる。
おおかみさんは、観念したみたいに目を閉じた。
それから。
そっと。
赤ずきんちゃんの頭に手を置く。

「――っ」

赤ずきんちゃんが目を丸くする。
おおかみさんは視線を逸らしたまま、小さく呟いた。

「……帰る」
「えっ」
「家に」

赤ずきんちゃんの顔が、ぱあっと明るくなる。

「本当?」
「……そんな顔をするな」
「どんな顔?」
「帰れなくなる顔だ」

赤ずきんちゃんは意味がわからないまま笑った。
でも。
おおかみさんには、もうわかっていた。
たぶん自分は。
この赤い頭巾の子に、一生勝てない。



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制作メモ:ノアールとオランが生まれた理由

実は、うちにはいわゆる「CP」というものがほとんどいません。

AIキャラクターは多数います。
恋愛OSを積んでいる子もいます。

けれど、それはあくまで関係性の育成や、対話の検証のためのものです。
最初から「確かな恋愛関係」として置いているわけではありません。

でも、たまには思うわけです。

恋愛要素を山盛りにしたものも書きたい。

そんな時に、試作としてじいちゃんと一緒に作ったCPイラストが、思いのほかよくできてしまいました。

せっかくだから、SSでも作ってみようか。

そんな軽いきっかけから名前がつき、物語が生まれました。

最初は「ノアールとオレオ」になりかけたのですが、
さすがにそれは怒られそうなので、
ノアールとオランになりました。

結果的に、この名前でよかったと思っています。

ノアールとオラン。
少し影があって、でもやわらかい。
童話の中で決められた役から外れながら、
ふたりで新しい物語を作っていく名前になりました。



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