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湯舟で朝日を浴びた日 | 社畜予備軍

連日の残業で帰宅は日付が変わってから。
金曜日の勤務を終えて帰宅すると、体力はほとんど残っていない。
重たい体を引きずって、なんとか化粧を落とす。


・・・背中が痛い。
気が付けば土曜日の朝6時。

どうやらそのままソファで寝落ちしていたみたい。三十路の身体が悲鳴を上げている。

昨晩はお風呂に行く体力すら残っていなかった。

はー、やっちゃった。

重い腰を上げ、給湯機のスイッチを押す。お湯が沸くのを待つ間、鏡に映った自分の顔を眺める。

クマが色濃くなっている。お肌のツヤは会社のデスクに置いてきたかのごとく乾燥してぱっさぱさ。かつて憧れていた都内のOLとはこんなものだったのかな。

浴槽に湯が溜まり、身体を沈める。窓の外から光が差し込んでいる。

朝日だ。まだ7時前だというのに、もうずいぶんと明るい。

湯舟の中で朝日を浴びるなんて、いつ以来の贅沢だろうか。

窓から差し込む光は残酷なほどに明るく、自分の膝やすねにできた小さな痣を鮮明に照らし出す。この痣、どこでぶつけたんだっけ…。

終わりの見えないプロジェクト。上司の無意味に長い説教。ああ、そうだ、週明けの会議対策をしておかなくちゃ…。休息のはずの時間も、いつしか脳は仕事のことがたくさん。

この生活、いつまで続けられるのかな。

定年まであと三十数年。今の会社で、私は「人間」であり続けられるのだろうか。

平日は馬車馬のごとく働いている。通勤では人権がなくなるのではと思うばかりに人混みに押しつぶされる。小さく悲鳴をあげるお年寄りたちに手を差し伸べることもできない。

だって、時間にも心にも余裕はほとんど残されていないから。

そんな日々を繰り返すうちに、私の大切な何かが、少しずつ摩耗して消えていくような気がしてならない。

世間では丁寧な暮らしだの、ワークライフバランスだのと耳当たりの良い言葉が踊っている。だが、現実はというと「ワークワークワーク」。仕事ばかりの毎日。


入浴剤の香りと立ち上る湯気。たまには朝風呂も悪くないかもな。

お湯に溶けていく疲れと一緒に、凝り固まっていた思考も少しずつほぐれていく。

「……よし」
小さく声に出してみる。
今日は、仕事のメールは見ない。パソコンも開かない。

このあとは美味しいコーヒーを淹れて、自分のために時間を使おう。

失われかけていた「私」を取り戻すために。

湯船から上がり、新しいタオルで顔を拭う。鏡の中の自分は、さっきより少しだけ、前を向いている気がした。

土曜日の朝は、まだ始まったばかり。

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