シンジは、今もニヤニヤしてるのか
小学3年生の授業の最中、突然シンジが暴れ出した。教室の後ろに生徒のカバンを納める棚があり、その棚からいくつものカバンを掴み出し、放り投げはじめた。クラスの誰かに悪口を言われたらしい。
「バカタレが!」
シンジは毒つきながら、今度は水の入ったバケツを床にひっくり返した。
高齢の女の担任は、
「邪魔するなら出て行け」
か弱そうな女の先生の言葉には振り返らず、
「出て行ったるわい!」
と教室の出口を背にした。
シンジの家は肉屋を営んでいて商売は順調みたいだった。いつも僕らと比べ物にならないほど、おこづかいをもらっていたし、欲しいおもちゃは何でも持っていた。でも複雑な家庭環境だと聞いたことがある。
僕はシンジが嫌いじゃなかった。というか、むしろ好きなヤツだった。人懐っこくて、怒り口調で話すけど、顔はすぐニヤニヤした。
その年の夏休みに卒業した不良たちがバイクで学校に乗り込んできた。校庭を爆音を立てて走り回ったことや、その中に一緒にいた小学生もバイクを乗り回し、大騒ぎしていたところ、近所から通報され警察がやってきたらしい。
恒例で毎週、校庭で校長先生の講話があるのだけど、2学期が始まって、校長先生の最初の講話はそのバイク事件のことだった。当校の小学生による無免許バイク運転、しかも学校の校庭で暴走行為など。。生徒全員の前で、これでもかというほどの強い語気で話し、学校として断固とした対応をすると頑なな表情を崩さなかった。
何百人もの整列した生徒たちは、その話を静かに聞いていた。誰なんだろうという感じでキョロキョロしている者もいた。僕の列の前の方で嗚咽が聞こえてきた。
シンジだった。
その後の記憶は曖昧だけど、特に罰が下ったとは聞いていない。
小学4年生の春を迎えた。クラス替えはなく、小学3年と同じクラス編成だった。ただ3年の担任は、おばあちゃん先生から、男の先生になった。生徒たちは、おばあちゃん先生を舐めていて、少しクラスが荒れ気味になっていたのだ。
その新しい男の先生は教室に入ってきて、自己紹介をした。
「担任を任された清水です」
言葉に出したと同時に、教卓を右こぶしで殴り下ろした。
「バーン!」
教卓は真ん中から半分に割れるんじゃないかと思うくらい大きくしなった。生徒たちは自分の席で飛び上がった。シンジは急に神妙な面持ちになった。
「私は空手をやっていました」
「みんなをこれで懲らしめるつもりはありません。ちゃんと言うことを聞くなら」
こぶしを見ながら、鉄拳先生は頬をゆるめた。僕は4年生から学級委員に選ばれた。よくないタイミングで選ばれてしまった。
ちょうどその頃、仮面ライダーカードが大流行し、特に男子生徒はそのカードを収集するのがブームになっていた。仮面ライダーがいろんなポーズを決めているカードで、1番から500番くらいまでシリーズとなっていて、カルビーのスナック菓子に、1枚おまけでついてくるという代物だった。
しばらくして大事件が起きた。下級生のひとりが防火用水(火事の時に使用する人口池)で、溺れて亡くなるという痛ましい事件が起きた。防火用水に落ちた仮面ライダーカードを拾おうとして亡くなったらしい。俄然、仮面ライダーカード禁止の声が校内で高まった。カードを誰よりも持っていたシンジが禁止の声にうんざりしていた。
翌週、仮面ライダーカード禁止の是非を決める日がやってきた。全校の学級委員が音楽室に集まった。音楽室の構造は前から後ろの席になるにしたがって段差が高くなるすり鉢状の部屋だった。
驚いたことに、僕らのクラス以外は、すべて『カード禁止』の意見だった。
それぞれのクラスの学級委員代表が、順番に意見を述べた。鉄拳先生は僕の後ろに座っていて、
「学級委員、どうするんか?」
背中をつついてきた。
僕のクラスの番になり起立して意見を述べた。
「去年、コマ遊びが危険だからという理由で禁止になりました。
今度はカードも禁止にするんでしょうか?」
「ルールを作って、それを破ったら禁止としたらダメでしょうか?」
各クラスの意見が出つくし、他の先生たちが会合を締めくくり始めた。
鉄拳先生が後ろから、
「これでええんか? お終いか?」
僕は半分泣きそうになりながらまた起立した。
「さきほど亡くなった男の子の話がでましたが、ライダーカードが大切だから防火用水の金網を上ったんです」
「それだけ大切なカードだったんだと思います」
「それを禁止するんでしょうか」
他の先生が断定するように言った。
「時間が迫ってきたので多数決にしましょう」
他のクラスの学級委員全員が『カード禁止』に手を挙げた。
『禁止に反対のクラス』 は、僕ともうひとりの学級委員、市川さんの2人だけが手を挙げた。初めからわかっていた結果だった。
翌日、僕はホームルームでこの結果をクラスに報告した。
「カードの禁止を止めることが出来ませんでした。すみませんでした」
とみんなに謝った。
鉄拳先生が口を挟んできた。
「全校のクラスがすべてカード禁止の意見でした」
「ウチの学級委員は上級生に歯向いながら、クラスの意見を最後まで主張しました」
「最後は涙を溜めながら頑張った」
鉄拳先生が、僕をけしかけたからだろう。と思いながら、鼻先がジーンとしてきた。
シンジがそばにきて、背中に手を回し、
「なかなかやるのー」
とニヤニヤした。
その後すぐに仮面ライダーカードの学校への持参は禁止された。生徒の親にも周知され、ブームは静かに終わった。
卒業して、別々の学校へ進んだシンジと僕にはもう接点がなくなっていた。風の便りに聞いた話では、シンジが肉屋を継いだそうだ。相変わらず、ニヤニヤして接客しているらしい。
つい先月、帰省した時に仲がいい友達のヤスと会った。僕が子どもの頃のことをエッセイに書いていると伝えたら、見せてくれというので、「シンジの涙」を見せた。
「シンジが暴れとるの、覚えとるわ」
「悪口を言うたんは、ワシかもしれん」
誰が悪口を言ったのか僕は覚えていなかったが、まさかヤスだったとは。。ヤスは隣のクラスだったが、当時はやんちゃで腕力が強かった。
翌日、ヤスから連絡があった。
「シンジが末期の肺がんで入院しているらしい」
「マジで?」
シンジとは全然会っていなかったが、僕のエッセイが虫の知らせになったのか。。
「ヤス、お見舞いに行こうや」
「わかった。もうちょっと事情を調べてみる」
また次の日、
「遅かったわ。1週間前に亡くなってたわ」
見舞いに行ったら、シンジは病室でニヤニヤするだろうと想像していたが、叶うことはなかった。ヤスの話では、シンジは肉屋を継いだあと結婚し、しばらくして男の子が生まれたらしい。その子どもはやがて看護師になり、最後はシンジを甲斐甲斐しく看取ったと聞いた。
