記憶の稲穂:3粒目・後編【それでも厨房に立つ人】
料理に対しての情熱や誇り
酒をやめたいのにやめられないという焦り
後編では杜々さんの中の矛盾が形になって現れた
"茶碗"
についてのひと粒を—
酒と日常
杜々さんのアルコール依存症はいつからだったんだろう。
病名がはっきりしたのはお店をオープンしてから2年半後。
無職の時期にはもう体調が明らかに悪かったし、
そもそも「しらふの杜々さん」をほぼ見たことがないのだから
出会った頃からすでに依存症だったのかもしれない。
弊害はいくつもあった。
車に乗れないから遠出ができない(私は免許未取得)
ファストフードNG(酒が売ってないから)
そして一番困るのはすぐ寝ること。
愚痴や相談、普通の会話でさえ聞いてるんだか聞いてないんだか分からない。出会って最初の3ヶ月は“聞いてる風”だったけど、それもすぐ消えた。
ただ暴言や暴力はなかった。
飲んで寝るだけなら害はないか……と私も油断し、注意はするものの流してしまう。結果、飲酒量はどんどん増えた。
メンクリジプシーからの脱却
体調が悪くなってからしばらくは鬱だとおもっていた。
何が原因なのか、何をしたら良くなるのか、どのサプリが効くのか。毎日何時間もPCの前で「鬱」「治療法」「原因」を検索しまくってた。何度調べても結局何もわからないまま暗闇を彷徨っていた。
治らないのはきっと彼に合う先生じゃなかったんだ。と考え
彼と相性が合うクリニックがあるはずだと思いメンタルクリニックも転々とした。
だけどあるタイミングでこの症状は酒のせいだと気づくことになる(遅っ)
内科に行ったのだ。血液検査の結果あきらかに肝臓の数値がおかしかった。
医者に「このままだと死ぬよ(意訳)」と言われた。
私は"杜々さんが死ぬ"というパワーワードにショックを受けるよりもまず先に、体調不良の原因が分かって歓喜した。
酒だったんかぁぁぁぁぁ!!!!!!
なぜこんな簡単なことにきづかなかったんだ。
そりゃそうだよ。あんなに飲んでるんだもん。
肝臓のせいだったか。そうかそうか。
霧が晴れて目の前がすっきりした感覚。
だったら酒やめりゃいいじゃん!!!
やめたら解決じゃん!!!
もうそれしかないじゃん!!!
光が差したようだった。
でもそう簡単にやめられない。そりゃそうだ。だって依存症なのだから。
子ども達は幼いのに夜に二人きりで留守番。経済的にも厳しい状況が続くために私は当時、店とバイトのダブルワークをしていて心身ともに疲弊していた。
そんなことより何より自分自身立つことも困難なほど体調が悪いのに、なぜやめられない?酒をやめれば状況のほとんどが解決するのに。
——何故?どうして???
困惑と怒りが限界まで募った、ある夜のこと。
限界突破母さん再び
その日も店にお客さんはZERO.
私は厨房で文句を繰り返していた。
「誰も来ないのに帰れないってナニ!?」
「こんな体調で…もういい加減酒やめてよ!」
「私と子供たちの時間返して欲しいんだけど?」
今思えば、けっこうな口撃力だった。
鬱ではなくて酒が原因なのだから、これ自己責任じゃね?とかなり強い口調になっていたのだ。
杜々さんは相変わらず絶不調な御様子。空腹で胃が痛いのかもと言いながら厨房の隅にしゃがんで少量の茶漬けをすすっていた。
聞いてるのか聞いてないのかわからない杜々さんの態度に私の愚痴が止まらない。すると
――ガシャーン。
「えっ?」
一瞬、なにが起こったのか理解できなかった。
杜々さんはしゃがんだまま、こっちを見もせずぐったりしている。
私の足元で茶碗が割れている。
まさか茶碗を…投げた?私に????
私はしばしフリーズし…。そしてスイッチが入った。
「おい………ゴルァ💢」
「何茶碗投げてんだ!厨房だぞ!」
怒りが限界突破した私。それまでとは比べ物にならない声量で叫ぶ。
「破片が食材にでも入ったらどうすんだ!料理人だろーが!」
「そんなこともわかんねえようなら料理人なんかやめちまえ!」
最後の力を振り絞って茶碗を投げたんだろう。
こちらを見る気力もない、うなだれた杜々さんを上から怒鳴り散らしたあと帰る用意をして
「てめえで片付けやがれ!!!」と最後の雄たけびを上げて私は自転車に乗った。
そこに魂はあるのかい
杜々さんが物を投げたのは、あの夜が最初で最後。今の今まで、一度もない。体調が悪い中、私がグチグチ言ったせいで余計に響いたのだろう。私も言いすぎた(そして人格変わりすぎた)しつこかった。反省…。
でも――
私は少しずつ杜々さんが「料理人」であること、仕事に誇りを持っていることに気づいていた。厨房での丁寧さや、美味しいと言われたときのちょっと嬉しそうな顔。
その人が“故意に”大事な茶碗を割った――
もう誇りもなくなったのかな…と思わせる一撃だった。
怒りも悲しみも混ざって、泣きながら家へ帰ったのだ。
翌日昼営業に向かうと、厨房はピカピカ破片ひとつ見当たらなかった。
そして何事も無いように昼営業をこなした。ほっとした。
まだ料理人としての魂は残ってるなと感じた。
この日を境に、私は“酒の失敗をサポートする”のをやめる決心をした。
杜々さんに茶碗を投げられたあの日。
アルコール依存症という病気に、どう向き合うか。
私の立ち位置が、少しだけ見えた気がした。
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最後まで読んでいただきありがとうございます
いやぁ。人って怒りの頂点を迎えるとあんな口調になるんですね。
コワイコワイ(棒読み)
アルコール依存症患者の家族は「共依存」という状態に陥りやすいそうです。茶碗を割ったという出来事で、私は少しずつこの「共依存」をやめる方向に進もうとします。
とは言え、ここから断酒まではまだまだ長い道のりです。
記憶の稲穂を揺らしながら、次のひと粒を—
よかったら、またお立ち寄りください。
