見出し画像

【エッセイ】物語的な悲劇への飢え


思春期に起きた大抵の事が、大人になることで解決されてしまった。ついでに記憶もなくなった。残ったのはその分の空白と、すこしのさびしさ。

思えば、色々あるはずだ。初めてイジメにあった10歳から、この世界に私に対する悪意が発生しうることを初めて知った。教室に入った時の目線、一人で俯いてただやり過ごす休憩時間、誰にも声を掛けてもらえず、掛けてもらえるとも思いたくなくて、何分もランドセルの中を漁っているふりをした。

物事には何もかも理由があった。汚物の渾名をつけられて、「死ね」と書かれた手紙が授業中に回る中で、私はただ報いを受けていた。素直な子はいい子だと母に教えてもらった。この報いが妥当かつ正当で、明日からをうまく生きていくための教科書なのだと信じていた。報いを受けて、懲役を終えて、また報いを受けるような時間が何回か続いた。

先に壊れたのは頭だった。高校1年生だった。正しく賢い両親は私の救援要請より因果関係を知りたがって、私はソファに凭れながらただ、謝った。違かったの、聞いてほしかっただけなの。言えないまま謝って、そのまま彼らの回答に私が位置してしまった時、私が私である事を許される術が私にはわからなかった。

目に見える報いが欲しかっただけだった。多くの罪があると思った。私立、受験、塾、習い事。私を何者かにするために賭けた父の給料をすべて、無駄にしていると思えた。だからせめて、目に見える形で贖ってさえいれば、少なくとも直近2,3日くらいの罪だけでも許されるんじゃなかろうか。

なのに、母はいまだに私の腕をまともに見られない。

期待をし続けている。私は期待をし続けている。誰もが聞きたくなるような過去を語れるようになること。物語的な悲劇、あるいは喜劇について。他、私の人生における不都合や未熟さに「それは仕方ないね」と理由を付けてくれるような盾。私を許す因果関係。私は私だけを罰していればよいのなら、世界はもっと単純だった。正しく賢い両親は、愛のために正しく賢くある事をやめてしまった。それならばせめて、それらに満足して、飢えていたくなどなかった。ああ、また悪癖が出ました。取り繕いました。欲したのは悲劇で、私が手首を切り、母親が首を吊ろうとした妥当かつ正当な根拠があればよかった。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

いいなと思ったら応援しよう!