エッセイ |散歩と徘徊のあいだ
散歩が好きだ。
好きというか、趣味というか、生きるために散歩する。
お金がない人が一番楽しめる娯楽は散歩だと思う。感性さえあれば、発見は無限大なのだ。
私は佐賀お笑いサークル(通称さがお)に入っているのだが、さがおの「お」は、お笑いではなく、お散歩だと思っている。
一時期、サークル内で散歩の歩数を競うアプリをやっていた。その地域で一番歩いた人が「村長」になる仕組みだ。
村長の「散歩マン」は、まさかのさがおの先輩だった。どれだけ歩いて挑んでも、毎回ボコボコに返り討ちにされる。
先日、友達が「佐賀から福岡まで夜中歩いたんだけど、帰りがきついから一緒に歩こう」と誘ってきた。かなりの散歩上級者が現れた。
そういえば、私も昔からよく歩く。
実家にいた頃は、半径20kmくらいなら歩いてしまう人間だった。
でも、「散歩しよう」と思って家を出ることはあまりない。気になる方へふらふら歩いていくので、どちらかと言えば徘徊に近い。
ボサボサ頭にジャージ姿で、一人では来ないだろうと思われてもおかしくない店にも平気で入れるようになった。
初めての道を曲がり、気になった店に入り、気づけば知らない場所にいる。方向感覚があまりないので、帰れなくなることも珍しくない。
それでもコンビニや交番で道を聞けば、なんだかんだ人間は帰れるものだ。
私はその成功体験だけを積み重ねて生きている。
気づけば、寮生活も今年で9年目になる。
中高時代の寮は山奥にあり、かなり歩いてようやく、物価の高すぎるスーパーやコンビニにたどり着けた。それも外出できる休日の13時から18時までの間だけだった。
人が常にいる生活が苦手だった私は、暇さえあれば寮を抜け出した。
走る日もあれば、道なき道を歩く日もあった。名前も知らない山を登ることもあった。
バドミントン部には、朝練に付き合ってくれる誰よりも部活愛の強い先輩がいた。
子生意気な私に呆れながらも、ヘルメットを被せ、学校のマウンテンバイクでワイナリーまで連れて行ってくれたことがある。
男子高校生に混じって山をいくつも越えた。本当に死ぬかと思った。学校へ戻る頃には、汗まみれの服に大量の虫の死骸がついていた。
それでもワイナリーのソフトクリームは、その苦労が全部どうでもよくなるくらいおいしかった。
その時にもらったワインのコルクは、今でも宝物として残してある。
寮に入るとすぐ、生徒全員分のネームプレートがずらりと並んでいた。在寮中は白、外出すると黄色に裏返すルールだ。
初めて見た時は『千と千尋の神隠し』みたいだと思った。でも実際は、朝昼晩に返し忘れないよう気を遣わなければならず、かなり面倒だった。
出寮や帰寮の時間に少しでも遅れると、全校放送で名前を呼ばれる。
私は遅刻常習犯だった。
休日の徘徊や山登りで帰れなくなり、全校放送されたこともある。
時計は持たず、唯一持ち込めた音楽プレイヤーのmp3にタイマーをかけ、音楽が鳴り止んだらUターンする。それでも、だいたい数分足りなかった。
またあいつだよ。
きっと、そう思われていた。
先生たちが大捜索している中、何食わぬ顔で戻ってきて、本当に迷惑ばかりかけていたと思う。
寮を抜け出して歩く山道には、私しかいなかった。
大きな声を出して、自分で行き先を決める。
そんな時間が、あの頃の私には必要だった。
今でも、帰れなくなって「やばいやばい」と知らない道を歩いている私は、案外楽しそうな顔をしている。
