入社1か月。「使えないやつ」と思われながら、機嫌よくなんて生きられない
こんにちは、谷垣かけるです。
「なるべく働かない、機嫌よく生きる」をテーマに、働き方・生き方についてマイペースに発信しています。
入社して1か月が過ぎた。結果はまだ、出ていない。
夕礼で「ゼロ」と言う日が続いている
マーケティングのアウトバウンド担当として、毎日電話をかけている。リストを上から順に、一件ずつ。
アポは取れない。メールアドレスも獲得できない。受話器を置いて、また次の番号を押す。それを繰り返しているうちに夕方になる。気づけば、今日も結果はゼロだ。
一番きついのは、夕礼だ。
僕がいるマーケティング部門は、部長と、インバウンド担当の一人と、僕の三人だけの小さなチームだ。そしてアウトバウンドを担当しているのは、社内で僕ひとり。部長がその日やったことを報告して、次が僕の番になる。「今日もゼロでした」。その一言を言うたびに、自分が何も貢献できていないことを、自分の声で確認させられる。
チームが小さいぶん、僕の数字がゼロであることは、隠しようもなく場に残る。口に出されなくても、たぶん「使えないやつ」だと思われている。少なくとも、僕はそう感じている。
このまま結果が出なければ、内勤のポジションを失うかもしれない。そうなれば、やりたくないフィールドセールスに回されることになる。外を歩き回って飛び込みで営業する仕事は、たぶん今の自分にはもっと向いていない。
会社という閉じたコミュニティの中にいるからこそ、居場所が少しずつなくなっていく感覚がある。誰かが直接そう言ってくるわけじゃない。それでも、数字という形で毎日突きつけられる。
フリーランス時代には、この感覚はなかった
フリーランスをやっていた頃、こういう焦りはなかった。
外から数字を求められる環境じゃなかったからだ。今日アポが取れたかどうかで、誰かに評価されることもない。当然、夕礼もない。「使えないやつ」と思われる場面そのものが、そもそも存在しなかった。
でも、あの頃が良かったかというと、そうでもない。
毎日やることがなくて、ひとりの時間を持て余していた。昼間の家には自分しかいない。誰とも話さない日もあった。評価されない代わりに、必要ともされていない。あの空虚さには、もう戻りたくない。
つまり僕は今、どちらにも戻れないところにいる。
このままの状況で会社にいたくはない。周囲に使えないやつと思われながら、毎日機嫌よく過ごすなんて、無理な話だ。かといって、フリーランスに戻って空虚な日々を繰り返すのも違う。
逃げ場がない。だから、今いる場所を自分で変えていくしかない。今の状況を改善して、自分が快適に過ごせる環境を切り拓くほかないと思っている。
「認められたい」という気持ちに、今ごろ気づいている
最近、自分の中に「頼られる存在になりたい」「認められたい」という想いが、思っていたよりずっと強くあることに気づいた。
これは、自分でも少し意外だった。
フリーランス時代の僕は、「評価を求めない」ことで快適でいようとしていた。誰かにどう思われるかを気にしないことが、自由でいるための作法だと思っていた。でも会社に入って、結果が出なくて、こんなにも落ち込んでいる自分を見ると、思う。あれは本当に評価を求めていなかったわけじゃない。認められたいという欲求ごと、自分で遮断して、見ないようにしていただけだったのかもしれない。
会社というコミュニティに属しているからこそ、頼られたい、認められたいと思う。それは自然な感情だと、今は思う。矛盾でも、弱さでもない。人の中にいれば、そう思うのが当たり前だ。
僕が本当に望んでいるのは、たぶんこういう状態だ。自分の持ち場であるマーケティングの現場を、ちゃんと推進できていること。新しいキャンペーン施策を次々と打ち立てて、会社に興味を持ってくれる人を増やして、案件を継続的に生み出していること。そうやって、誰かに頼られる自分でいること。
そこには、まだ全然たどり着けていない。
それでも
「機嫌よく生きる」というのが、僕のテーマだ。
でも今は、機嫌よくいられていない。結果が出なくて、居場所が揺らいでいて、毎日少しずつ削られている。正直に言えば、そういう状態だ。
ただ、フリーランス時代に思っていた「機嫌よく生きる」と、今の「機嫌よく生きる」は、たぶん中身が違ってきている。前は、何も求めず、誰とも比べず、静かに暮らすことが機嫌よさだと思っていた。今は、今いるコミュニティの中でちゃんと立てていること、それがないと機嫌よくはいられないと感じている。
どっちが正解かは、まだわからない。
わかっているのは、逃げてもこの感覚は消えないということだけだ。フリーランスに戻っても、空虚さが待っているだけ。だったら、今いる場所を切り拓くほかない。
結果はまだ、ゼロのままだ。それでも、明日もまた電話をかける。
