裁縫箱から漂う昭和の匂い
今日は両親二人そろって、デイサービスに行った。
あんなにデイに行く母を小馬鹿にしていた父が「ついに、おれも行くことになったか・・・。」とつぶやいたのを聞き逃さなかった。
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初日なので特別に、サービスを行っている施設を見学させてもらった。
こういうところは初めてだ。
きょろきょろ、なかなか興味深い。
実家の近くにこういう施設ができていたなんて知らなかった。
大勢の高齢者がゾクゾクと送迎車に乗ってやってくる。
映画かなにかをみているような、不思議な(あえて不適切な表現をするならば『不気味な』)光景だ。
これだけの人数の老人の世話をする人がこの付近にいるとは思えない。
スタッフの皆さん、どこの方ですか?と聞いてみる。
ほとんど市町村を越えて、下手をすると県を超えて出勤しているという。
頭が下がる。
そのおかげで、限界集落の高齢者は一人暮らしでも老夫婦だけの暮らしでもなんとか維持できている。
知らないということは、とても失礼なことだった。
仕事とは言え、この仕事を選んでもらっていることに感謝しかない。
さて、二人を送り出したあと、私は久しぶりに一人の時間が持てた。
今日は洗面所とお風呂の大掃除。
いったいいつの時代のものなんだというような手ぬぐいが出てくる。
開けられなくなった籐製のチェストの奥は何十年もときが止まったままだ。
せめて、お宝でもでてくればいいのに。
次は父のパジャマの裾上げ。
入院して一回り縮んだ父はこれまでのパジャマが大きくなった。
すでにミシンなど処分しているので、手縫いしかない。
デイサービスに出かける前に、母に裁縫箱を出しておいてもらった。
この裁縫箱がまだ年代物で。
よく見ると昭和時代の置き薬の引き出しだった。
横に注文表があり、鉛筆で数字が書かれている。
遠い昔、たしかにここに誰かが書いた瞬間があったのだ。
それによって薬が届けられた。
その薬は飲んだのか飲まなくてすんだのかはわからない。
あの頃の暮らしの一シーンがおぼろげに甦る。
いつのまにかその薬箱は無用となり、裁縫箱として再利用された。
そこに古い服の一部と思われる針山があり、錆びた針が刺さっている。
その中から1本の使えそうな針を探す。
白い木綿糸はびくともせずに大きく巻かれている。
メガネを外して裸眼で、針に糸を通す。
革の指ぬきは多少硬くなっていたが、今でも十分使えた。
裁縫も何年ぶりだっただろう。
仕上がりはガタガタで人に見せられたものじゃないが、意外と気に入った。
隣に置いた裁縫箱からは、昭和の匂いが漂っていた。
タイトル画像は”クリハラ”さんにお借りしました。
だるま糸って今でもあるんですねー。
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