流れ星のこと。
今、ふたご座流星群が極大になっているらしい。
子どもが体調を崩していて、夜中に外へ出られないので実際に見ることはかなわないが、きっと美しいのだろう。
昔見た流星のことを思い出す。
中学3年生の秋から、わたしは仲の良い友人たちと放課後に意味も無く残って塾が始まるまでダラダラと過ごすのが日課になっていた。
部活も引退したし、偏差値としては余裕な地元の高校に進学することを決めていたので、さっぱりやることが無かったのだ。
3年間同じクラスだったKくんとか、なんとなく好きだったYちゃん、その後はじめての彼女になるMさんとかと、姉さんが書店でバイトしてるFくんが家から持ってきたビデオカメラで、延々とダベってるだけの動画を撮ったり、ショートコントをしてみたり、みんなの髪の分け目をズームで撮って誰の分け目か当てっこしたり。
中身は無いなりに楽しくてキラキラとしたガラスビーズみたいな日々を過ごしていたのだけど、詳しくはまた別の話にしておく。(もうひとつ付け加えると、この時期は人生で一番色オニをした時期だし、一番カツサンドを食べた時期でもある)
北海道の、特に東部の秋、冬は夕日になるのが早くて、それこそ14時半を過ぎたあたりから夕方の雰囲気になる。
暗くなるのが早くて嫌、というよりは、映画を観ていて泣き出すのが早くて興醒め、みたいな感じがしてあまり好きではなかったんだけど、放課後の教室が夕陽で満ちるのが早いのは好きだった。
中3の11月に、しし座流星群の時期がやってきた。
ちょうど前年には33年ぶりの大出現、とかですごく話題になっていたおかげで、前年ほどじゃないが多少は話題性があったように思う。
ただ、星は嫌いじゃないけれど晩秋の北海道で星の観察をするには相当の寒さに耐える必要があり、わたしはそれをよしとはしなかったため、さほど気にしていなかった。
「別に仲良いから手繋ぐのとか、気になんないよ、ね?」
「そーそー、別に意識とかしない」
友達に「えー、ほんとにー?付き合ってんじゃないのー?」と言われながら「ちがうちがう、フツーだから、これ」と繋いだ手を振り回すMさんに、内心ドキドキしながら話を合わせた日だったと思う。(これも別の話)
帰り道は、既に半分日が沈みかけていて、学校から家までの坂道に長く伸びていた影がもうすぐで消えそうな頃だった。
スッと落ちていく流星。
意識していなかったから視界の端だったけど、いま、確実に落ちた。
人生で初めて見た流星だった。
その後に、続けてふたつ。
今度は、スーッと。
キレイだな、と思った。
その次に、たぶん、いまの僕たちは「こう」なんだな、と思った。
この日より少し前。
KくんもYちゃんもMさんも、マンガが好きだったから、よくFくんのお姉さんがいる書店に行ってダラダラ過ごすことがあった。
お姉さんはいつも「さっさと買えよー」と言いつつ、わたしたちと話してくれたものだった。
「もう中3かぁ」
ある日お姉さんが言った。
「みんな、高校どこ行くの?」
高校はみんな同じだったけど、普通科や商業科で、進むコースは違っていることを話した。
「そっかぁ。じゃ、もうこんな風には集まらないんだね」
と、妙に確信めいた口調でお姉さんは言った。
そんな、同じとこに行くし、帰り道だって。
僕たちは反論したけれど、お姉さんは首を振る。
「みんな最初はそう思うんだよ。でも、ほんの少しズレただけでも、行き着くところはぜんぜん変わっちゃうんだ。まぁいずれ、わかると思うけどさ。」
それだけ言うと、お姉さんははやくジャンプ買ったら帰りな、と言ってぼくたちを追い出した。
坂道に戻る。
流星を3つ見たわたしは、なんとなくその時のお姉さんの言葉の意味がぼんやりわかったような気がした。
流星群は、同じ星から生まれたチリが、空一面に降り注ぐ。
ぜんぜん違う軌道で、燃え尽きていく。
うまく言えないけど、そうなんだ、と思った。
それからは、新しい流星を見ることはなく家に着いた。
結局その後は、お姉さんの言ったとおりに僕たちはバラバラと生きていき、同じ科に進んだMさんと付き合うことになって、でも何が悪いでもなく別れた。
全員、もう15年以上会っていない。
会おうとすれば会えるのだろうけど、会おうとしないから。
たぶん、わたしの中の何かが燃え尽きているから、その力が出ないんだろう。
時折、こうして思い出だけが流星のように一瞬たなびいて消えていくだけだ。
それはかなしいことだろうか?
自分が落ちていくことを知っている流星はかなしむのだろうか?
かなしくても、かまわない。
だから今日もたくさんの流星が降っている。
落ちていく星を見つけて「流れた」と 言った人がいた世界にいる/かきもち もちり
