あるボランティアの話、第3話; ~もうひとつやってくれんか?~

ここでのボランティアは、コロナで受け入れてもらえない何年かを含め8年になる。
〝ヤーレン、ソーラン、ソーラン~〞
「お兄ちゃん、うめえなぁー、もうひとつやってくれんか!」 「お兄ちゃん??」 私を何歳位にみてるのだろう。
~私にも祖父がいた、 明治生まれ、民謡の師範、お弟子さんも少なくはない。 記憶を遡れば、4歳頃から亡くなる16歳迄、祖父の横で習い続けた。 「いいか、〝ん〞以外全ての言葉は、〝あ、い、う、え、お〞で終わる、この〝あ、い、う、え、お〞までしっかり声が出ないとダメだぞ!」
毎日毎日「あーあ、いーい、うーう、えーえ、おーお」そんな 練習ばかり、唄わせてもらえたのは何年も後のことである。~
ここでボランティアを始めた頃は、ソーラン節やドンパン節、 花笠音頭、皆様が知っている唄や掛け合いの多い曲を選んでいたのだが―、 〝南部牛追い唄〞
を唄った時だ、あれだけにぎやかだったホールが静かになる、利用者様ひとりひとりの視線が私にそそがれた。
「いなかぁなぁ~れぇ~どぉ~もぉ┅」
唄い終わって、〝ワァー〞という歓声と共に拍手をいただいた
毎日、ホールの片隅の同じ場所で一人外ばかり眺めている、誰かと話をするわけでもテレビをみるわけでもない、90歳過位に見えるお父さんが┅、
「ただ、泣いていた。」
第3話 終わり。
読んでいただきありがとうございます。〝あるボランティアの話┅〞も3話目になります、皆様の応援を頂戴しながら書き上げる事ができました、重ねてお礼申し上げます。どこまで書いて良いのか迷う時もありますが、何か思うことがございましたらコメントいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
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