野川流“映画の行間” ~聖なる不倫、俗悪な支配、その果てに待つ復讐の“メインディッシュ”~
私がこの作品を観たのは、
1990,12/21と翌年91,1/6
この残虐極まりない劇薬を正月にぶつけてくる“ミニシアター”の狂ったセンス。そして、正月をまたいで二度も足を運んだ私。
マイケル・ナイマンの重厚な音楽と┅、
ジャン・ポール・ゴルチェの妖艶な衣装。
場面が変わるたびセットの色に対比して“その妻”の衣装が、色が塗り替えられる。
映画を観ているのではない、この舞台に参加しているのだ
~“その妻”女優“ヘレン・ミレン”としての美しさ~
レストラン前の駐車場は“黒”、化粧室は“白”、厨房は“緑”
~そして、ダイニングホールは血のような“赤”~

初めて観た時、この世界に私は酔った。
~こういう作品が観たかったんだ~魂が震えた。
ピーター・グリーナウェイ監督は語る。 「自己PRの場としての“レストラン”は突き詰めれば悪の根元である。人はそこで豪華なものを食べ、食べているところを見られる。見られるから着飾り、マナーに従い、見栄っぱりな会話を楽しむ┅」
それは真実の私の裏側。
“レストラン”の隅で本を読む知的な“愛人”、本に夢中でスプーンからこぼれ落ちた料理にも気づかず空のスプーンを口に運ぶ。
それを見つめる“その妻”の細やかな微笑み。
この“レストラン”の奥で繰り広げられる“二人の情事”は
コックの手によって美しく演出される。
~しかし、暴君である夫“泥棒”にその密通が知られる~
追われる二人が逃げ込んだのは、数日間放置され腐臭を放つトラックの荷台。揺れる車内、裸の二人にドロドロに溶けた肉と腐汁がこびりつく。
~その愛の絶頂と、腐敗した死肉~
逃げられた“泥棒”は怒りに震え吠える。
「殺してやる!殺して、お前を食ってやる┅」
“泥棒”の手下によって“愛人”は、その教養をあざ笑うかのように
1頁、1頁ずつ哲学書を口に押し込まれ┅窒息死させられる。
~ここからはこの作品の“ラスト”に触れています~
~本当にこの作品の“ラスト”を知りたいのですか?~
https://www.youtube.com/results?search_query=The+Cook+the+Thief+His+Wife+%26+Her+Lover+trailer
〈金曜日ー“レストラン”は臨時休業〉
“その妻”
「お祝いよ、おめでとう」
「今日からあなたの記念日になるのよ、
あなたは参加できないけど┅」
「あなたの記念日だからプレゼント┅ね」
「“コック”が料理したのよ、私の指示で┅、お友達も来てるわ」
“その妻”の合図で扉が開かれる、“コック”と数名のスタッフ。
その料理人たちの葬列が、カバーをかけられた┅、
その“料理”を運んでくる。
「席について┅、
今日は貴方だけ┅、
さあ、座って、お、あ、が、り、┅」
“その妻”は“泥棒”を料理の前に座らせる┅、カバーを外す
と┉、
~そこには“丸焼きにされた“愛人”の死体。~
「彼を“殺す”と誓って殺した。“食べる”とも誓った。
食べなさい。どうしたの┅
ナイフとフォークの使い方は分かるわね┅」
「食べなさい、ぺニスから食べてみて┅美味しいわよ!」
震える手でぺニスのわずか上にナイフを入れる“泥棒”
「さあ!食べて┅」
その“肉”を、口にした瞬間┅“その妻”が引き金を引く。
冷たく放たれる最後の一言。
「人食い」
赤いカーテンが左右から下りる~舞台は終わる。~
ピーター・グリーナウェイ監督
映画「コックと泥棒その妻と愛人」
終わり。
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで読んでいただきありがとうございます。もし魂に届くものでありましたら執筆の糧として応援をいただけると嬉しいです。