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メンタル不調の日に「ちゃんとしたご飯」をあきらめる勇気

子どものご飯って、思っている以上に心にきます。

栄養のこと。
食べる量のこと。
好き嫌いのこと。
毎日同じものばかりでいいのか、という不安。

頭では「完璧じゃなくていい」と思っていても、いざ食卓を見ると、少し申し訳ない気持ちになる日があります。

特に、メンタルの調子が落ちている日はそうです。

料理をする前から疲れている。
献立を考えるだけでしんどい。
冷蔵庫を開けても、何を作ればいいのか決められない。
子どもはお腹を空かせているのに、自分の体が動かない。

そんな日に「ちゃんとしたご飯」を目指すと、食事の時間そのものがつらくなってしまうことがあります。

今回は、うつ病パパとして子育てをしながら感じている、メンタル不調の日のご飯について書きます。

結論から言うと、しんどい日は「ちゃんとしたご飯」をあきらめてもいいと思っています。

もちろん、子どもの食事をどうでもいいと思っているわけではありません。

でも、親が限界に近い日に、毎回きれいなご飯を用意しようとすると、暮らしが先に崩れてしまうことがあります。

そういう日は、栄養満点よりも、まず「安全に食べられる」「お腹が少し満たされる」「親が倒れない」を優先していい。

わが家でも、これは今でも試行錯誤中です。

「ちゃんとしたご飯」の基準が高すぎる日がある

ちゃんとしたご飯、と聞くと、なんとなく頭の中に理想の食卓が浮かびます。

主食があって。
主菜があって。
副菜もあって。
野菜も入っていて。
できれば温かくて。
子どもが喜んで食べてくれる。

できる日もあります。

でも、毎日それを続けるのはかなり大変です。

子どもが小さいと、料理中も予定どおりには進みません。

足元に来る。
抱っこを求める。
おもちゃがうまくいかなくて泣く。
眠くなって機嫌が崩れる。

その横で、親の方も疲れている。

メンタルの調子が悪い日は、包丁を出すことすら重く感じることがあります。
火を使うのがこわい日もあります。
手順の多い料理は、途中で頭が止まってしまうこともあります。

そんな日に、理想の食卓を基準にすると、どうしても自分を責めやすくなります。

「また簡単なものにしてしまった」
「野菜が少ないかもしれない」
「親としてちゃんとできていないのでは」

正直、私もそう思う日があります。

でも、子育て中のご飯は、毎回作品みたいに整っていなくてもいいはずです。

特にしんどい日は、今日を乗り切るためのご飯で十分な日があります。

ご飯は、親を責めるための通知表ではない

子どもの食事を大切にしたい気持ちは、たぶん多くの親にあります。

だからこそ、簡単なご飯の日に罪悪感が出ます。

レトルトを使った日。
冷凍食品に頼った日。
パンとヨーグルトで済ませた日。
昨日とほとんど同じメニューになった日。

そういう食卓を見ると、「これでよかったのかな」と思うことがあります。

でも、ご飯は親を評価する通知表ではないと思っています。

毎食きれいに作れるかどうかで、親としての価値が決まるわけではありません。

子どもの安全を見ながら、食べられるものを出した。
自分も限界の中で、なんとか食事の時間まで持っていった。
今日はそれだけで十分な日があります。

もちろん、食事の悩みが続くときや、子どもの成長・体調が心配なときは、自己判断だけで抱え込まず、医師や保健師さん、自治体の相談窓口などに相談した方がいいこともあります。

でも、そういう専門的な相談が必要な話と、日々の「今日は簡単なご飯になった」という罪悪感は、少し分けて考えてもいいのかなと思います。

毎日を完璧にすることより、親がつぶれない形で続けること。

メンタル不調を抱えながら育児をしていると、この順番がかなり大事だと感じます。


ここから先は、しんどい日に「ちゃんとしたご飯」をあきらめるために、わが家で考えている小さな工夫を書いていきます。



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