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「団塊文学」としての冒険小説

私が出版業界に入ったころ、流行りだしたのが「冒険小説」で、その後20年ほどに渡って業界を席巻した。

そして、「冒険小説」が語られなくなって、もう10年くらいたっている。

「冒険小説」とは何だったか、日本の文学史や文壇史に位置付けられるべき時だろう。

わりに身近で見ていた私に言わせれば、冒険小説とはズバリ「団塊世代の、団塊世代による、団塊世代のための小説」ということになる。

冒険小説の主要な業界団体は2つ存在した。

読者主体の「日本冒険小説協会」は、1981年発足、2012年解散

作家主体の「日本冒険作家クラブ」は、1983年発足、2010年解散

ほぼ1985年〜2005年くらいが最盛期だった。

それは、団塊世代が40歳〜60歳くらいの時期。つまり、彼らの社会的活動期と一致する。

読者側の代表は、内藤陳、井家上隆幸、「本の雑誌」の椎名誠など。

作家側の代表は、高村薫、船戸与一、北方謙三、佐々木譲、逢坂剛などだ。

そして、出版界の中でこれを盛り上げたのが、当時、40歳前後で部長職になりかけ、やがて経営側に出世していく団塊世代の編集者だった。

その小説は、団塊世代の左翼的な価値観を基本にしている。

テーマは、反体制、反国家、反資本主義、反米、第三世界へのロマン、警察の腐敗、など。

そして、全共闘の敗北以降、価値観を喪失した者のニヒリズムが投影されているのも特徴だ。

ハードボイルド小説の形を借りた、一種の社会派サスペンスだった(高村薫は第二の松本清張と言われた)。

作家は団塊世代が中核で、程度の差はあれ、学生運動の経験者だった。高村薫はやや若かったが、頭の中は「団塊サヨク」だった。立松和平と北方謙三が文学的同志であったのは有名だ。

それに、藤田宜永、宮部みゆき、大沢在昌、馳星周などが「弟・妹分」として加わっていた。

この期間、彼らが、とっかえひっかえ「直木賞」を取っていく。まさに冒険作家が文壇を席巻した時代だった。

彼らによって駆逐されたのが、それまで勢いがよかった「SF」だ。

70年代から80年代半ばまでは日本のSF全盛で、小松左京、星新一、筒井康隆などの時代だった。

団塊世代の冒険作家や読者は、そういう左翼的でない、「オタク的」なやつらが嫌いだった。(冒険小説の隆盛は、「オタク」という言葉の登場とほぼ同時だった)

80年代半ば、SFから冒険小説に、文壇の覇権が移った。85年に、SF作家クラブの会長が筒井康隆から豊田有恒に交代したあたりが潮目になる。

編集者は、SF作家クラブではなく、冒険小説作家クラブのほうに集まるようになる。

だが、冒険小説作家の覇権にも、終わりがくる。

団塊左翼的な価値観が古臭く感じられるようになり、読まれなくなった。業界的にそれを支えた団塊世代の編集者が退職するようになる。

冒険小説作家たちは、時代小説や恋愛小説、警察小説に逃れて、生き延びた者もいれば、消え去った者もいる。

90年代からは、「本格推理」ブームが来る。それを担ったのは、綾辻行人、有栖川有栖など、団塊より10歳以上若い1960年代以降生まれだった。世代交代の兆しだ。

2000年代に入れば、当然インターネットによる地殻変動で、環境が一変する。

結局、ネット時代になって生き残ったのは、団塊冒険小説の対極にあるような「オタク的」なものだった。

SFも、世代が若返り、ファンタジーという形で、息を吹き返す。

団塊世代が後期高齢者になるとともに、団塊文学である「冒険小説」はほぼ消え去った。

2010年代に入っての百田尚樹のブームは、冒険小説に代表される「サヨク文壇」の終焉を、決定的に印象づけた。「永遠のゼロ」ブームの時、海外で日本の文学の代表は、村上春樹と百田尚樹だった。

しかし、直木賞などの文壇の中核にまだ左翼の影響は強かったようで、百田は直木賞の候補にすらなれなかった。百田がいまだ左翼マスコミから忌避され続けているのはご承知の通り。

団塊世代で勝ち残ったのは、この文壇的ブームと全く関係なく書き続けた、村上春樹だった。同世代の高橋源一郎は、小説は売れず、サヨク業界のお情けで雑文書きとして生き延びている感じだ。

2020年、ブームの功労者である馳星周にようやく直木賞を取らせたことで、冒険業界もサヨク文壇も「成仏」したのではないか。今野敏は、ブームに間に合わず直木賞を取れなかった。


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