下北沢怪談
大学時代からの友人、赤吉から連絡が来て、久しぶりに下北沢で会うことになった。
5年ぶりくらいだろうか。
70を過ぎると、こういう誘いが時々ある。
「死ぬ前に会っておきたい」ということだろう。
下北沢は、何度行っても、全体像がつかみにくい。
駅が新しくなって、ますます分かりにくくなった。
スマホで地図を見ながら、駅から続く暗い細い道を行く。
赤吉から指定された店は、私が行ったことがない通りにあった。
小さな割烹店だが、店に入ると、存外に多くの客がいた。
赤吉は、もう一人の男とテーブル席にいた。
「沼田だよ。憶えているだろう」
赤吉にそう言われても、すぐにはその男が分からなかった。
よくよく見ると、すっかり顔貌が変わっているが、確かに大学時代に友人だった沼田だ。
「あ・・久しぶりだな」
私が言うと、沼田は薄く笑った。
「お前が会いたいと思って、連れてきたんだ」
そう赤吉が言った。
私と赤吉と沼田は、大学時代にいつもつるんでいた仲間だ。
でも、私は、居心地が悪かった。
私は沼田に悪いことをしている。一度だけだが、私は沼田の恋人と寝て、彼を傷つけたのだ。
それが原因で、沼田と彼女は破局して、沼田は大学から姿を消していた。
だから、沼田と会うのは、もう50年ぶりだ。
沼田も、「久しぶりだな」と言ったあと、言葉が少ない。
<あの時は悪かったな>
と、私は沼田に謝るべきだろうか。
これは、私に謝罪させようという、赤吉の策略だろうか、と私は疑った。
何かいたたまれなくなって、入店早々だが、私はトイレに立った。
途中、カウンター席にいた初老の女が、振り返って私を見ているのに気づいた。
「あ、君は・・」
それは、サラリーマンになったばかりの頃、私が少しだけ遊んで捨てた栄子だった。
「お久しぶり」
老いた栄子は、思わせぶりにそう言って、またむこうを向いて飲んでいる。
赤吉らのテーブルに戻ってから、いま起こったことを彼らに話すべきか迷った。
でも、そこには、さらに驚くべきことが待っていた。
隣のテーブル席に、サラリーマン時代に私がいじめて、会社を辞めた元部下の坊城が座っていた。
そして、その横には、高校生の時に田舎で私がいじめていた坂本がいる。
その時、赤吉が言った。
「俺も、お前には傷つけられてきたんだよ。長年の、お前の心ない言葉の数々にな。気づかなかったか?」
その言葉を合図に、店にいた客が一斉に立ち上がり、私のほうに向かって来るのがわかった。
沼田が、坊城が、坂本が、栄子が・・そして、すぐには思い出せないが、人生の途上で会い、私が傷つけたにちがいない人間たちが、私に迫ってきた。
急に店内の電気が落ち、真っ暗になった。
静寂が支配するなか、私を恨む人間たちのシルエットだけが私を取り囲んでいる。
ようやく私は悟った。私は死んだのだな、と。
<参考>
