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今年の言葉「極右」

今年の言葉を三つ挙げるなら、「性加害」「公金チューチュー」「極右」となるだろうか。

「極右」について、昨日、Xで、政治学者の河野有理・法政大教授が、興味深いポストをしていた。


メディア報道における「極右」の語の使用法、第二次大戦後の「西側」先進諸国における左派コンセンサスの遺制なのは明らかで、必ずしも現実をうまく映していないので、この種の使用法が終わるといよいよ本格的に戦後の終わりを実感することになるんだと思う。


「でも、あれ極右ですよぉ……」と意味ありげに頷き合うと議論抜きに言論空間から排除できるアドバンテージを得ていたことが左派の言論の質を確実に弱らせたと思う。


相手に正面から反論するより、「極右」概念を広め広めに取って目の前の論敵を先に「極右」認定した方が効率的な勝ち筋になっちゃう。磨かれるのは「極右」概念の柔軟な運用と、相手の言葉尻を捕まえてそこに「極右」のレッテルを貼る技術のみ。


「あれは極右だから」と、「極右」のレッテルを貼れば、勝てる。

そういうリベラル優位の言論空間が、終わりつつあるのだろうか。

もし本当にそうなら、今年は重要な画期となったのかもしれない。



この河野教授のポストは、直接にはフランスの状況と、そこでの「極右」という言葉の使い方への疑義に反応したものだ。


フランスでもめている移民法、マリーヌ・ルペンの勝利だとポリティコ。中道右派が極右を取り込もうと右にシフトし、極右は政権担当能力を示そうと穏健化したことで、こうした流れが生まれている。


ずっと素朴に疑問というか、ちょっとした違和感があるのですが、「極右」という言葉・表現だと、実態というか、現実世界でなにが起こっているのか?が分かりづらくなるような気がするのですが…なにか他に上手いワードやタームがないものなのでしょうか…。


昨年から今年にかけ、マスコミ報道で「極右」という言葉を見る機会がふえている。


改めて、「世界の”極右”化」の流れをまとめてみるとーー


スウェーデンの昨年秋の議会選で"極右"躍進。

イタリアで昨年秋、”極右”「イタリアの同胞」メローニ党首が首相就任。

オランダの今年秋の下院選で、”極右”「自由党」が第一党に。

ドイツで移民排斥を掲げる「ドイツのための選択肢」が20%の支持、今年秋の地方選で支持を増やす。

フィンランドで、反EU・反移民政党が4月の議会選挙で第2党となり、連立政権に加わった。

フランスでは、”極右”「国民連合」の支持が堅調、ルペン前党首が次期大統領選をめざす。

そして、来年の米大統領選に向け、トランプの支持が高い。

欧米以外では、11月のアルゼンチン大統領選で、”極右”の独立候補ミレイが勝利ということもあった。


以上のように、西側世界で”極右”化、反移民、反イスラムといった潮流が鮮明になっている。

「極右」というと、ファシズム、ヒトラーを連想するような思考は脱しつつあるようだ。

そして、日本では、日本保守党が「極右」かどうかという議論もあった。

従来の呼び方では「極右」でもおかしくないが、これから日本のマスコミがどう呼んでいくか、注目したい。



「極右」をググって気づいたのだが、ちょうど10年前、2013年にも、「極右」という言葉は話題になっていた。

たとえばーー

日本はなぜ、極右など右派ばかりなのか(2013年3月5日 東洋経済オンライン)


2013年は「アベノミクス元年」であり、安倍晋三は保守か極右か、といった議論があった。

あれから10年。日本の左翼と左派マスコミは安倍を葬ったが、それでも大きな流れは変えられなかった。

「極右」をそのまま肯定するわけではない。しかし、いま変わらなければならないのは、左派の側であることは明らかだと思う。

そのために、「極右」という言葉の使い方から再考するのは、いいレッスンではないか。

これからの10年は、これまでの10年の繰り返しであってはならないと思う。


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