わしの新「ベストセラー十か条」 いまどき本は老人しか読まない
数日前に、神吉晴夫の「ベストセラー十か条」を久しぶりに読み返し、それが古くなっていることに気づいた。
わしが書き直しておいたから、現役の編集者は参考にしてほしい。
なお、神吉の「十か条」は、以下の記事から引用させてもらった。
<第1条>
神吉の第1条
①コア読者は20歳前後
読者層の核心を、二十歳前後に置く。二十歳を中心にして、上は二十五、六歳から下は十五、六歳までをねらう。
わしの第1条
コア読者は75歳前後
読者層の核心を、75歳前後の情弱に置く。上は90歳、下は60歳くらいまでをねらう。
<第2条>
神吉の第2条
②読者の心理、感情に訴えるもの
読者の心理や感情のどういう面を刺激するか。その刺激の性質によって、大ヒットする可能性もあれば、どう宣伝してみたところで、中、小ぐらいのヒットで我慢しなければならぬというものもある。つまりテーマ(題材)の問題である。
わしの第2条
老人の心理、感情に訴えるもの
老人の心理や感情のどういう面を刺激するか。長生き、健康長寿、一人でも幸せ、貧乏でも幸せ、死後の幸せ、などをテーマにする。「70歳」「80歳」「90歳」がタイトルに入っているとよい。
<第3条>
神吉の第3条
③時宜を得たテーマ
テーマが時宜を得ているということ。読者の心理は、一種の流行を追うようなもので、去年大いに歓迎されたからといって、今年も、夢よもう一度と願ったところで、そうは問屋がおろさない。
わしの第3条
オールドメディアのテーマ
テレビで話題のテーマであること。あるいはテレビでおなじみの人がかかわっていること。老人はテレビや新聞からしか情報を得ていない。老人は、テレビや新聞を信じており、その流行を追う。ただし、テレビが忘れたら、老人もそのテーマを忘れる。夢よもう一度と願ったところで、そうは問屋がおろさない。
<第4条>
神吉の第4条
④はっきりしたテーマ
作品のテーマが、はっきりしていること。なんとなく良い作品、つまり問題性のすくない作品は、宣伝の演出がしにくい。ピタッと来るキャッチ・フレーズが見つけにくいからだ。
わしの第4条
はっきりしたテーマ
作品のテーマが、半分ボケてる老人にもわかるほど、はっきりしていること。複雑なことは理解できないので、「これだけ知れば」とか「これを食べるだけで」などのフレーズがよい
<第5条>
神吉の第5条
⑤新鮮さがあること
作品が新鮮であること。テーマはもちろん、文体、造本にいたるまで、「この世で、はじめてお目にかかった」という新鮮な驚きや感動を読者に与えるものでなくてはならない。
わしの第5条
新鮮さがないこと
作品が昔ながらの価値観であること。テーマはもちろん、文体、造本にいたるまで、「この世で、何度もお目にかかった」「だけど老人だから、何度でもひっかかる」というお決まりのパターンでなければならない。
<第6条>
神吉の第6条
⑥文章が読者の言葉であること
文章が「読者の言葉」であること。つまり、二十歳を中心にした読者層が、日常使う言葉で話しかけること。書かれている内容について、予備知識がなくても、読んでみたいという気さえあれば、すらすら分かるものでなければならない。
わしの第6条
文章が老人の言葉であること
文章が「老人の言葉」であること。つまりギャル語や新語、カタカナ語や「ADHD」「LGBTQ」などの日本語だか英語だか分からんようなのは使わず、テレビの通販番組が使う言葉で老人に話しかける。老人の耳に心地よい古臭い表現で、スラスラ分かるものでなければならない。
<第7条>
神吉の第7条
⑦モラルがあること
芸術よりも、モラルが大切であること。ベストセラー読者は、小説を読んでいる時でさえ、文学を鑑賞するというよりも、むしろ、そこから実生活の生活信条を引き出そうとする。登場人物の生き方を自分自身の生活に引き比べて、いろいろと考え巡らすものだ。
その意味で、「生きる」ということを根底に持ったものであることが必要だ。どんな思想の持主にも共通した、この問題を狙っていくことだ。二度とないこの人生を、もっと幸福に生きるためには、どうしたらよいか。それを具体的に追求して行く。
わしの第7条
老人中心のモラルがあること
老人は、若者や現役世代より自分が大切であること。高齢読者は、小説を読んでいる時でさえ、老人にとっての生活信条を引き出そうとする。
その意味で、どんなに老害と言われようと「長生きする」ということを根底にもったものであることが必要だ。なんと言われようと世にはばかる。二度とないこの老後を、もっと幸福に老人中心に生きるためには、どうしたらよいか。それを具体的に追求して行く。
<第8条>
神吉の第8条
⑧正義があること
ベストセラー読者は、正義を好むということ。世の中のあらゆることが、不釣り合いであればあるほど、読者は不義を憎み、不正を正そうとする。そういう読者の心からの願いを代弁してくれる作品は歓迎される。
わしの第8条
老人中心の正義があること
老人は、自分は正義だと思うのを好むということ。もう現役ではないから、無責任に説教を垂れ流し、自分たちは正しかった、若者はけしからん、と言いたい。そういう老人の願いを代弁してくれる作品は歓迎される。
<第9条>
神吉の第9条
⑨著者と読者が同等であること
著者は、読者より一段高い人間ではないということ。専門家が、専門の知識について書く場合は別である。しかし、人生問題を語る場合は、著者と読者の間に、人間としての上下はないはずだ。
著者はすでに読者の胸の中にモヤモヤと存在している「あるもの」を意識して、作品の中に「形づくる」のだ。企画者と著者と読者の三者が、作品を通じて共感共鳴する――という私の主張は、ここから出てくる。
わしの第9条
著者と老人が同等であること
著者は、読者より一段若い人間ではないということ。専門家が、専門の知識について書く場合は別である。しかし、老人問題を語る場合は、著者は読者との間に、年齢の上下を感じさせてはならない。
著者はすでに老人の中にモヤモヤと存在している「高齢者あるある」を意識して、作品の中に「形づくる」のだ。企画者と著者と読者である老人の三者が、老人中心の世界観で共感共鳴するーーという私の主張は、ここから出ている。
<第10条>
神吉の第10条
⑩編集者がプロデューサーであること
ベストセラーの出版に当たっては、編集者はあくまでもプロデューサー(企画、制作者)の立場に立たなければいけない。「先生」の原稿を押し頂いてくるだけではダメである。編集者が分からない原稿は、分かるまで、何度も書き直してもらうこと。<中略>(編集者が)読者の一人として感動した作品でなければ、どんなに巧妙に宣伝したところで、読者を感動させることはできない。
わしの第10条
編集者が老人の立場であること
いまや本など老人しか読まないから、ベストセラーの出版にあたっては、編集者はあくまで老人の立場に立たなければいけない。「若いイケイケのキラキラした先生」の原稿を推し頂いてくるのはダメである。情弱老眼の半ボケ頭では分からないだろう原稿は、分かるようになるまで、何度でも書き直してもらうこと。老人が感動する作品でなければ、どんなに巧妙に宣伝したところで、ベストセラーにはならならい。
<参考>
