「善の研究」で感動したところ 「善の研究」を読もう(3)
「善の研究」を読もう(1) 100冊の自己啓発本より1冊の哲学書
「善の研究」を読もう(2) 2分でわかる「善の研究」
「善の研究」で感動したところ
世界のすべてを説明する
何と言っても、世界のすべてを説明するぞ、という心意気と迫力。これですよ。
そして、「俺は世界はこうだと思うが、どうだ!」という自己信頼とオリジナリティ。
大学で哲学の授業を受けてガッカリする人は多いのでは。私がそうだった。これは俺が考えている哲学と違う、と。
こいつは哲学者ではなくて哲学研究者だ、とわかるわけですね。
「私はレヴィナスを少々」「私はハイデガーの初期を」みたいな。
専門分化した哲学のごく一部をほじくってるのがほとんどで。しかも他人の説の紹介ばかり。
たくさん本を読むのはいいけど、こっちはその結論だけを知りたいわけで。たくさん本を読んでいる過程を報告されても困る。
知行合一
そして、知識と行動倫理は合致すべきだ、という信念。
知識においての真理は直ちに実践上の真理であり、実践上の真理は直ちに知識においての真理でなければならぬ。(岩波ワイド版p63)
これも、いまの学者にないものですね。
哲学者と名乗る人も、事実と当為の区別、価値中立を前提にしている。倫理学ですらそうなのだ。
こっちは、「どう生きるべきか」を知りたいわけで。
すると、「宗教に行け」と言われる。
自己啓発本を読んだらバカにされたりする。哲学者が答えないから、自己啓発本が必要になるのに。
そんなだから学者が尊敬されない。
男女は平等である、という説を説くなら、日常でも徹底して男女平等にしないと欺瞞でしょう。夫婦別姓は当たり前で、家事も育児も家計も完全に分担・平等にすべきでしょう。それを実現できないなら、結婚制度とか拒否すべきでしょう。
それはそれ、これはこれ、の人が多すぎる。
殺生は良くない、と説いた初期の仏教徒は、虫を踏みつぶさないようにそろりそろりと歩いた。虫が増える春から夏は、虫を踏み殺すのを恐れて外出を控えた。
姦淫してはならない、と信じた厳格なキリスト教徒は、心の中で性的な連想が起こるたびに自らを鞭打って罰した。
そういう知行合一は、本来「宗教」でも「哲学」でも同じはずなのだ。そういう人生を賭けた徹底性が社会の尊敬を受けた。
西田幾多郎にはそういう徹底性、「求道」性があり、それが人を惹きつける。それが時代遅れであり、アカデミックでない、とされるのもわかるが、私はそういう時代やアカデミズムが嫌いなのだ。
東洋的な中庸
しかし、西田幾多郎は、知行合一を説きながら、一方で「中庸」を説く。
原理主義、カルトには向かわない。独善を排する慎重さに知性を感じるし、東洋的、日本的な倫理のよさがある。
自己実現の哲学
正直に言うと、戦前の哲学だから、もっと右翼チックかと思ってたんですね。
国家・社会・共同体に尽くすことが善だ、みたいな。
しかし、意外なほど今風でした。「善の研究」に「自己実現」という言葉が出てくるとは思わなかった。
善とは自己の発展完成 self-realization であるということができる。(p191)
個人と多様性の尊重
また、「個人性」という概念が繰り返し出てくる。「共同性」も出てくるが、「共同性」より「個人性」を押し出そうとする指向を一貫して感じる。
従来世人はあまり個人的善ということに重きを置いて居らぬ。しかし余は個人の善ということは最も大切なるもので、凡て他の善の基礎となるであろうと思う。(p208)
人は個人主義と共同主義と相反対する様にいうが、余はこの両者は一致するものであると考える。個人を無視した社会は決して健全なる社会といわれぬ。(p209)
そして、西田は個人性を「神性」とまで言う。
凡ての人が各自神より与えられた使命をもって生まれてきたという様に、我々の個人性は神性の分化せる者である。各自の発展は即ち神の発展を完成するのである。(p254)
この個人の神性は、今の言葉で言えば、「人権」と言うべきものでしょう。
このあたりが、今回「善の研究」をオススメしたいと思った一番の理由です。
リベラルな国家観
しかし、ヘーゲル流に「国家の人格」を語るあたりに、やっぱり右翼ちっくな印象を受ける人もいるかもしれない。
でも、これは国家主義を説いているのではなく、「国家主権」の重要性を言いたいわけで、現代の主流の考え方ですよ。世界が「一国家」になることを否定すると同時に、特定の国家の優越を排する。
真性の世界主義というのは各国家がなくなるという意味ではない。各国家が益々強固となって各自の特徴を発揮し、世界の歴史に貢献するの意味である。(p215)
国家の「人格」を守る、それを互いに侵さないよう尊重するというのは、つまり国家主権体制の維持であり、例えば井上達夫の「世界正義論」と同様の主張だ。
いまのロシアのウクライナ侵攻を非難する論拠と同じです。
いまは「武装的平和の時代」(p214)という西田の認識も、100年以上たって、変わらず正しいですね。
楽観主義
私が「善の研究」をわかりやすいと感じたのは、若い頃にショーペンハウアーの「意志と表象としての世界」を読んだからかもしれません。
「意志と表象としての世界」はもっと長いけど、世界観や、認識論から入って倫理に行く構成、説明概念は似ている。
西田も「意志」という用語を使い、それがショーペンハウアーの概念とずれているから困るけれども、西田の「統一する力」は、ほぼショーペンハウアーの「意志」と同じだ。
「善の研究」は、「統一する力と意識現象としての世界」という書名でもよかった。
ただ大きな違いは、ショーペンハウアーが悲観的であるのに対して、西田幾多郎が楽観的であることですね。
ショーペンハウアーの「意志」は、盲目的で人間の幸福に無関心な暴力であり、人間にできる最善のことは、その奔流になるべく巻き込まれないよう身を引いて、諦観的、静観的、観照的な人生を送ることだ、となる。
それに対して、西田の「統一する力」は、調和的、建設的で、人間がその人生を委ねてよい、むしろ積極的に委ねるべき「奔流」である。だから西田は、それを信じて活動的な人生を送ることを勧める。
ショーペンハウアーも明治時代に人気でしたから、当然、西田は意識しただろうし(明示的に参照している)、対抗してやろうと思ったのかもしれない。
ただ、大きな違いはあれ、「世界のすべてを説明する」「知行合一」という態度は同じなわけです。
だから、ショーペンハウアーも西田幾多郎も、いまのアカデミズムの中では決定的に時代遅れとなるのでしょうが、まさにアカデミズムによって嫌われるその理由によって、私はこの二人が決定的に好きなのです。
禅の哲学
世界は本来調和的であり、人間は本来清浄であり善である。
余の考えうる所にては元来絶対に悪というべき物はない、物は総べてその本来においては善である、実在は即ち善であるといわねばならぬ。(p256)
それは、前にブログで書いた「禅」の考え方でもある。
だから「善の研究」は「禅の研究」でもある気がする。鈴木大拙と交流があったから当然影響を受けているでしょう。
ただ、禅や仏教だけでなく、私はよく知らないけれど、儒学とか国学とか、江戸時代までの日本の知識人の思想的蓄積が前提にあるのだと思います。
その意味でも、日本人哲学者としてのオリジナリティが再発見されていい気がします。
哲学と日本の若い時代
「善の研究」には感動があるんですよね。
それは、西田自身の感動が伝わるからです。明治時代の日本人が、西洋の哲学を初めて学んで、「世界がわかったぞ!」と叫ぶような。
哲学が若者の心をつかんだ時代、その初心みたいなものが反映している。
「善の研究」は、西田にとっても「若書き」で、のちの西田には、これが代表作になるのは忸怩たるものがあったかもしれない。
しかし、西田も意図して生み出せないような感動が「善の研究」にある。
それは、時代の産物とも言える。
それは、日本が日清日露で勝って、世界の表舞台に躍り出た頃。近代日本の勢いがハンパない時期ですね。欧米なんかチョロいんじゃないか、と。
それが西田の哲学の楽観性の背景にある。ショーペンハウアーの悲観性は、小ブルジョアだった彼の、フランス革命以後の展開への怯えから生まれたかもしれないように。
社会主義運動なんかも盛んになっていた。ロシア革命前夜です。新聞部数が急増し、漱石の小説が人気だったりして、知識人にとって刺激の多い時期だった。
それが、「善の研究」が出た1911年(明治44年)直前の状況です。「善の研究」は、そういう近代日本の青春期、明治のいちばん知的な時代に書かれている。
しかし、1911年を境に、日本は変わっていくんですね。
1911年を境に、日本は、特に知識人社会は、暗転した、と私は思っています。
1911年に何があったかというと、幸徳秋水らの処刑。大逆事件です。
それは、西園寺公望流の自由主義が「社会主義に甘い」と否定され、国家が思想統制へと向かう分水嶺でした。
社会主義者でない知識人にとっても、幸徳秋水は普通に著述家として認められていた。いわばインテリ仲間だった。それがいきなり死刑になったわけですから。しかも当時は、具体的に何をしたのかとか、よくわからなかった。今で言えば、テレビに出ているような人がいきなり死刑。
(若い頃に社会主義に近づいていた西田にとっては、幸徳秋水は同世代であったこと、また、禅宗の僧侶が事件に連座していたことも大きかったはずだ)
そこで明治の、というか近代日本の「青春」が終わったんだと思います。
それが、特に知識人に与えた影響は甚大だったはずです。しかしそれは、官憲と世間をはばかってあまり記録に残されていない。だけど、その影響の大きさは、最近の文学研究でも言われていると思います。それ以降、森鴎外は晦渋な歴史小説ばかり書くようになる、とか。漱石の「こころ」に影響がある、とか。ほぼ同時に起こった乃木大将の殉死より、大逆事件の方がショックだけど、大逆事件について書けないから、乃木に仮託して精神の鬱屈を書く、みたいな。
私の見方では、「善の研究」は、時代が暗くなる直前の、明治のいちばんいい時代、自由で知的で活発な時期を記録したタイムカプセルでもあるんですね。
20世紀が失ったもの
日本を離れて見れば、「善の研究」は、19世紀思想に棹差すものと言えるでしょう。
ショーペンハウアーも西田幾多郎も、大きく見れば、啓蒙主義への反動、理性第一主義(主知主義)への反発、つまり19世紀のロマン主義の流れの中にある。
それ以外にも、ショーペンハウアーと西田幾多郎が似ている理由がある。ショーペンハウアーは、当時西欧に紹介され始めたインド仏教に影響を受けた。だから、同じ仏教を根本に持つ西田と似た哲学になって当然だ。
西欧理性への批判が、「意志」や「力」、そして当時の流行語で西田も使っている「無意識」などの概念に込められてる。
そしてそれは、ショーペンハウアーからニーチェ、ワーグナー、そしてトーマス・マンとかバーナード・ショーとか、20世紀前半まで西欧文化に影響した。
そういう意味で、西田の哲学は、近代日本を代表するだけでなく、広く19世紀後半思想を深く反映している。
しかし、20世紀は、そういったものを背後に押し流してしまった。
私は、極端に言えば、20世紀はなかった方がよかったのではないかと思っています。
私はクラシック・ファンですが、1914年の第一次世界大戦と、1917年のロシア革命あたりを境に、聞くべき音楽がなくなっていく。
私と同じクラシック・ファンなら、ドビュッシーやストラヴィンスキーに多少の未練を残しつつも、音楽は19世紀まででよかったな、と思うのではないでしょうか。ワーグナーもブラームスもチャイコフスキーも19世紀のうちに死んでいる。マーラーが5番を書くあたりで20世紀になりますが、マーラーも5番まででいいかな、とか。
20世紀に何が起こったかというと、植民地の反乱とか、無産階級の革命とか、これまで世界史が隠蔽していたようなことの顕在化ですね。
それは必要な過程であったが、悲惨なことが多かった。
いちおうそれは、1991年のソ連崩壊で終わったはずだったんだけど、そうではなかったことが、最近のウクライナ紛争でもわかりました。
20世紀の混乱は、まだ続いているわけです。
この混乱の中で、人類は得たものもあれば、失ったものもある。
日本の「人格」再生のために
なんか大きな話になってしまって自分自身戸惑いますが、このあたりで、20世紀のあいだに失ったものを、思い起こしておいた方がいいと思うんですね。
特に日本は、1945年で歴史的に分断されたことがあり、20世紀の混乱した記憶が尾を引いている。
国家の「人格」が固まっていない。世界一「愛国心」がない、とも言われる。
「善の研究」は、混乱する前の、近代日本の思想の達成を思い出させてくれる。それが、意外にいいものだったということが、今後の希望にもなると思うんです。
<追記>
これを書いた後、たまたま森岡正博氏(哲学者、早大教授)の以下のようなツイートを見つけた。
現象学の歴史を見るとフッサールが提唱した方法論を後の哲学者が自分らで前進させようという気概があり、分析哲学もラッセルやフレーゲの伝統を・・という気概があるが、日本の哲学界に目を向けたときに、自分らの先輩たちの切り開いた哲学を前進させようという気概があるのかとの疑問が私にはある。
日本には西田、田辺、西谷らの京都学派の哲学、和辻の間柄の哲学、大森の立ち現れ一元論などの先輩たちの独創的な切り拓きがある。しかしいまの哲学者たちは彼らの切り開いた地平を自分らでさらに前進させようとする試みをどのくらいしてきたか。
日本には西田、田辺、西谷らの京都学派の哲学、和辻の間柄の哲学、大森の立ち現れ一元論などの先輩たちの独創的な切り拓きがある。しかしいまの哲学者たちは彼らの切り開いた地平を自分らでさらに前進させようとする試みをどのくらいしてきたか。
— 森岡正博 (@Sukuitohananika) May 9, 2022
