政治家の裏金1千万、記者の裏金6千万w【新聞記者の不正について】
共同通信の元ソウル支局長と前支局長が6千万円着服。
共同通信社は8日、ソウル支局の会計処理で生じた為替差益をため込み私的に流用したとして、50代と40代の外信部次長を懲戒解雇処分とした。得ていた差益は計約6千万円。
(産経新聞 12月8日)
ちょうど松野官房長官の、パーティー収入を裏金化した「1000万円キックバック」が問題になっていたところなので、当然以下のような声が出た。
いやいやいやパーティで一千万がどうのこうの言うてる時に6000万かよ。剛気やなぁ。
いやいやいやパーティで一千万がどうのこうの言うてる時に6000万かよ。剛気やなぁ。 https://t.co/3Qewg0yFGv
— 寛 (@23_Tokyo_24) December 8, 2023
新聞社の海外支局は、監視の目がとどかず、不正が起きやすい。だからこそ、人気で希望者が多かった。
ソウル支局長なんて、ふつうにエリートコースなのに、もったいないねえ。共同通信のソウル支局って、青木理がいたところだ。
共同通信は、懲戒免職にしたが、カネが返還されたので、警察には届けないという。甘い。
6千万円を何に使ったのかもわからない。
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新聞記者にはむかしから不正が多かった。
かつては、記者の不正が警察沙汰になっても、「惻隠の情」で、各社報じなかったという。記者クラブ段階でもみ消せたのだろう。
私が入ったころにも、そういう空気は残っていた。
カネにまつわることが、やはり多い。
政治家や企業からカネをもらって、記事を書いたり押さえたりーーというブラックジャーナリズムもあったとは思うけど、私は具体的には知らない。
ふつうの新聞記者は、「買収」にたいして、ふつうの倫理観をもっている。露骨にカネに釣られて記事を書くことはあまりないだろう。
そのかわり、「記事には影響しない」という言い訳で、官庁や自治体から接待や饗応を受けることはよくあった。いまで言う公金チューチューだ。
都庁クラブのチューチューについては、以前書いたことがある。
春、秋の二回、「クラブ総会」といって、熱海あたりの温泉に出かけ、クラブ員同志の懇親を深めるのもそのひとつである。それだけならなんの問題もないのだが、その費用のほとんどをわれわれが負担するのではなく、都庁が持つのである。それもなかなか豪勢なものだった。
年末になると、連夜の宴会攻勢である。その日程調整に、クラブ幹事やボス記者たちがあれこれ相談するのに忙しい。今日は赤坂、明日は築地、次は浅草と出かけ、きれいな芸妓さんのお酌を受ける
都庁幹部がポケットマネーをはたいての散財ならともかく、いずれも、公金、つまり税金からの支出だ
(内藤国夫『新聞記者として』筑摩書房、p91)
もっとも、これは1960年代の話。
とはいえ、その後も、形を変えて、役所の秘書課長に新聞記者がたかることはよくあった。
着任の歓迎会、離任の送別会、ゴルフコンペなどに公金が使われた。
もちろん、役所に新聞をとらせることも多かった。
私が新聞業界に入った1980年代は、バブル期だったから、それは派手であった。
その一部は小説「平成の亡霊」に書いた。
会社のカネをちょろまかすこともよくあった。
いちばん多かったのはタクシー券の不正利用だ。
ほかに、経費を捏造して、ポケットに入れるのはふつうだった。
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「裏金」づくりも得意だった。
それが横行した一つの理由は、派手な「社員旅行」だった。
取材部門の新聞記者は、ふだんは休みが取れず、海外旅行などできない。
だから新聞社には、1年に1度、部員全員がいっせいに休んで旅行&宴会をもよおす習慣があった。
長期の休みはとれないから、せいぜい1泊だが、それだけに豪勢なものになった。1日かぎりの蕩尽だ。
会費など取らない。部員にたいする「おごり」である。
そのための資金を、編集長や副編は、1年を通じてプールする。部署ぐるみの「不正」である。
もし旅行がしょぼかったりしたら、部内の士気にかかわる。
その「裏金」づくりのために、たとえば記者が「アルバイト原稿」を書く。出版社の雑誌などに匿名記事を書き、その原稿料を部の資金として貯める。
私腹を肥やすためではなく、社員旅行資金ならば、会社も大目に見る傾向があった。
まあ、「働き方改革」のはるか以前、過労死寸前まで働かせていたから、そのくらいの目こぼしは当然だったかも。
それに、局長や役員も元新聞記者で、同じことをしてきたわけだから、後輩に言いづらい。
出入り業者や広告主から「寄付」をつのることもあっただろう。それこそキックバックもあっただろう。
よりヤバいのは、架空の「校閲者」や「取材協力者」の銀行口座をつくり、「経費」を振り込んでいく手口だった。いまは銀行口座をつくるにもいろいろ厳しいが、むかしはほぼ自由に口座をつくることができた。
新聞社がもうかって、もうかって仕方なかった時代の話だ。
なんでも派手に、ぱあっとやる、という文化であった。だから、給料が高くても、もっともっとカネが必要だった。
新聞社やマスコミに限らず、高度成長期、昭和の企業には、似たり寄ったりの慣習があったと思う。
いま廃墟のようになっている観光地の豪華ホテルは、むかしはそういうので栄えていた。
いまはクリスマスも小ぢんまりしているが、むかしはキャバレーで大騒ぎであった。
バブルが弾けてからこっち、派手なことはできなくなったが、一部のマスコミでは、その「文化」がなんらかの形でつづいていたのかもしれない。
私は海外勤務の経験がないが、円高時代には、海外「取材」での遊興は、国内に倍して派手だと聞いた。
今回の共同通信の不正には、一種の「伝統」のようなものを感じる。
前支局長の「自首」で発覚したようだが、まだほかにもありそうだ。
まあ業界は、毎日新聞の減資みたいに、会社ぐるみで税金逃れをせざるをえない状況だから、社員にもあまり厳しく言えないかもしれない。
いずれにせよ、新聞社は、ネタに詰まると「政治とカネ」を持ち出してくるが、新聞記者に政治家の裏金を責める資格はない。
ちなみに私は、上司からいくら教唆されても、不正には手を染めなかった。
だから、こんなに貧乏である。
私に不正を教唆した上司は、出世してメディアで社会正義を説いていた。
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最近のことは知らないが、私が出版社で仕事をしていたとき、新聞社で聞いた話は、比較的新しい。
私は、ある新聞社に、若い役員を訪ねた。
役員の応接室は使用中だからと、同じフロアの、奥まった部屋に通された。
窓のない狭い部屋だった。最低限の応接セットが置かれているだけの、殺風景な部屋だ。
そこで商談を終えたが、へんな場所で応接した言い訳なのか、部屋を出るときに役員がこう言った。
「この部屋は、会社で不正をした社員を、査問したりする部屋なんですよ」
「へー」
「不正を責められて、ここで自殺した社員もいたらしい」
「それは・・その社員は何をしたんですか」
「いや、むかしの話です。だれも詳しい話は知らない。一種の伝説で・・」
とごまかされ、それ以上は聞けなかった。
夜にはスーツ姿の幽霊が出そうだ、と言おうとしたが、ちょっとそういう軽口が言える雰囲気でもなかった。
こういう「部屋」も、そういう「怪談」も、新聞社にかぎらず多くの会社にありそうだ。
<参考>
