「本屋の美談」に騙されるな
本屋というのは、いいイメージがある。
街の本屋を守ろう、とか、退職して本屋を始めました、とかが美談として流通する。マスコミはこの手の話が好きだ。
これが「街の雀荘」だと、そうはいかない。
しかし私は、本屋の「いいイメージ」に騙されるな、と言いたいのだ。
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まず、このイメージの被害者となるのが、本屋のバイトだ。
前に本屋の店主から聞いたことがある。
「本屋はいいイメージがあるから、真面目で優秀な人が、安い時給で働いてくれるんですわ。助かるわー」
「やりがい搾取」である。
私も本屋で働いたことがあるが、あれは肉体労働だ。重い雑誌の束を運んだり、大量の返本を箱詰めしたり、客の見えないところで腰が痛くなる作業が多い。
そんな重労働を、大卒の女子とかが、
「私も文化の担い手の仕事をしてるんだわー」
と安い時給でやらされていた。
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安いバイトさえ雇えれば、本屋は本来、楽な商売だった。
日本人は、儒教文化の影響もあり、本が好きだ。
本を読むのに必要な技術、つまり識字能力は、国が学校で教えてくれる。
その上、本を読むのは素晴らしいことだ、本を読め読め、と文科省もマスコミも大宣伝してくれる。
たとえば、「ゲーム」や「アニメ」について同じことが行われているか、考えてほしい。どっちが日本の文化と経済に貢献しているか、わからないのに。
そして、個々の商品の宣伝は、出版社がやってくれるから、書店には宣伝営業の必要もなかった。出版社が送ってくるポスターをベタベタ貼るくらいだ。
そして、再販価格維持制度があり、返品自由だから、売り方に頭を使うこともない。「定価」で売り、売れ残ったら返品すればいいだけだ。(アメリカその他はその制度がないから、書店は在庫を持ち、自由に価格をつける。日本でもアマゾンが本の「値引き表示」をして、ひと騒動あった)
私の子供の頃は、本屋の店主といえば、客の前でハタキを振るい、立ち読みを邪魔する陰険なやつ、というイメージがあった。それは、漫画やアニメでもよく描かれていた。
大概は店の奥で茶をすすって店番しているだけ。立ち読み客への嫌がらせと、万引き犯を捕まえるくらいが、日中の仕事だったからだ。
私は、こんな競争のない、楽をしている商売は、絶対に滅びる、と思っていた。
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案の定、アマゾンみたいな顧客本位の本気の企業が現れると、本屋はバタバタ潰れていった。(もちろん、1990年代後半を境に、本が売れなくなったことも大きいが)
それは、顧客本位のコンビニが出来て、街の「パパママストア」、タバコ屋や酒屋が潰れていったのと似た現象だった。
そこで、本屋にも、生き残りに本気を出すところが出て来た。ようやく競争の意識が生まれたのだ。
それで、潰れる本屋もあれば、生き残る本屋もある、当たり前の状況になった。
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フランス政府は、アマゾンの配送有料化を義務づけ、街の本屋を守る施策を検討しているそうだ。
「本屋の美談」に引きずられ、日本でも、という声がさっそく出て来そうだが、ちょっと待ってくれ。消費者の利便はどうでもいいのか、と。本屋だけを保護して、政治の公平性は保てるのか、と。
(ちなみに、昔の書店は、定期の雑誌や注文した本は家に配達してくれていた。いつしかそれすらしなくなった)
本屋は、文化の中で、大きなアドバンテージを与えられてきた。それに値することを証明する努力は、これからは本屋自身がするべきである。
