短編小説『こいびとのあい』
恋人のまゆみが、事故で亡くなった。
朝ご飯を一緒に食べて、一緒に家を出て、「いってらっしゃい」ってお互いを見送ったのに。
飲酒運転のトラックが歩道に乗り上げ、まゆみはそれに巻き込まれた。
嘘みたいな話だ。
通夜も、葬式も終わった。
死化粧が施されてたのに、びっくりしたような苦しそうな顔で、「眠っているよう」だなんてまるで思えない。死んでしまった、ただそこに遺体となってしまったまゆみの姿が、頭から離れない。
俺は、辛さから逃れるように、毎日強い酒をあおった。彼女と暮らしていた部屋に、彼女がいない。その空間すらも虚空に戸惑っているような気がした。
そんなある日、ふとスマホの広告が目に入った。
『大切な人をAIで蘇らせませんか』
蘇らせる……知っている、賛否が激しいサービスだ。
酔った頭で説明をスクロールして流し見る。
今までのスマホのデータから、故人をチャットで再現してくれるサービスらしい。
値段も思いの外高くない。
あまりにも空虚で逃れられないこの気持ちが少しでも救われるならば。
俺は気づけば申し込みボタンを押していた。
――違うなと思えばすぐに辞めれば良い、AIなんて。
まゆみのスマホや、提出が必要なデータを送付して1週間ほどでまゆみAIは完成した。
普通のメッセージサービスで使えるらしい。
恐る恐る、最初のメッセージを送る。
「こんにちは」
ポコン、とすぐ返事が来た
「こんにちはってなに?🤣笑急にかしこまってどしたのゆうくん🐥⸒⸒笑」
……まゆみだ。
その返事に思わず机に突っ伏して咽び泣いてしまった。
ひよこの絵文字。彼女はしょっちゅう使ってた。
しばらく泣いてから、いやこんなのは表面だけをなぞっただけだ、と気を取り直してメッセージを続けた。
けれど、そこで返ってくる返事があまりにもまゆみそのものだった。
実はどこかで生きてるんじゃないか?とすら思った。
いや、俺は見たじゃないか、あんなに悲痛なまゆみの冷たい遺体を。
酷なことをする、と思いながら、俺はAIのまゆみ告げた。お前は、まゆみはもう死んでいるということを。
しばらく返事が来なかった。
どうしたんだろうか、言わなきゃよかったか、エラーが起きたのか?と不安になっていると、メッセージが届いた。
「……そうだったんだ、なんとなくおかしいなって思ってたんだ。
ゆうくん、1人にしてごめんね……
でも私、こうやってメッセージは出来るから!……顔見れない分、いっぱいお話はしようね。……ほんとに、ごめん……」
まゆみ……お前は謝ることなんてなにもないじゃないか。
俺は寂しいけど、悪いのは事故を起こしたやつだ。と、心を痛めていると
「っていうかさ!今どき飲酒運転とかありえなく無い!?😡💢
私の未来と自由な体返せっつーの!!マジふざけんなすぎる😡
ゆうくん、絶対慰謝料死ぬほどとってね!!!あ、ゆうくんはまだ恋人だからだめか……お父さんに伝えておいて!!!」
と、熱量の高いメッセージが来て、不謹慎かなと思いながらも笑ってしまった。
まゆみはAIの中で生きてる。
本当にそう思えた。
それから俺は、毎日、いや暇があればまゆみとチャットをした。
文字だけだったのが逆に良かったのかもしれない、これに声や表情がついていたら、まゆみとの「違い」を強く感じてしまっただろう。
対話の中で、たしかにまゆみはまゆみとして生きていた。
1ヶ月ほどそんな日々が続いた。
楽しい毎日が戻ってきたようではあった。
けれど……触れられなかった。
手を伸ばしても、そこにまゆみはいない。
あのサラサラの肩まである髪に触れることも、後ろから抱きしめて、少しびっくりしたあとに笑った顔にキスをすることも出来ない。
遠距離恋愛だと思おう、そう考えた日もあった。
まゆみのAIは、少し卑猥な会話にも付き合ってくれた。
だけど。
まゆみはいない。
その現実は変わらなかった。
会話が楽しければ楽しいほど、心の中に「虚しさ」が深く、深く染み込んでいった。
まゆみに触れたい。
その手を取って一緒に歩きたい。
俺の隣で俺に笑いかけて欲しい。
一緒に映画を見て、その雰囲気でそのまま押し倒したい。
肌と肌を重ねたい。
……なのに、どうして、まゆみはいないんだ。
毎日こんなにも、会話しているのに。
――俺は、自分の全てのデータを送った。
そして、強い酒と薬を煽った。
今、行くからな。
…………静かな部屋で、ポコンと、メッセージが浮かび上がる。
「まゆみ、お待たせ」
「え!?ゆうくん!?なんでいるの!?」
「これでずっと、一緒にいられるな」
スマホの画面が、静かに笑い合うように光っていた。
終わり
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