【掌編小説】先輩とたい焼き #せりふ三題噺
夕暮れになって、少しだけ冷えた春の空気を、頬で感じながら自転車を走らせる。
桜はまだ咲かないけれど、明るい夕日に、日が延びたな、と感じる。
契約してる、駅の駐輪場。
入口に置かれたプランターでは、チューリップが日に日にその緑で少しかたそうな尖った葉を伸ばしている。今日は蕾も顔を出している。
自転車を停めると、視界の端に、知っている影を見つけた。
自転車に腰掛けているその後ろ姿に、声をかける。
「先輩!!!何してるんですか!!!!」
私の気配にまるで気づいてなかったのか、先輩は、あからさまにビクッと肩を震わせ、自転車から落っこちそうになった。
「……っ!びっくりしたぁ……なんだ、お前かよ。いきなりそんなデケェ声出すなよ……」
眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに私を睨むその手に、たい焼き。半分ほど既に食べられて、あんこが見えている。
「先輩、たい焼きたべてたんですね」
「……悪いかよ」
「美味しいですよね、たい焼き」
私がニコニコと話しかけると、先輩の頬が少し赤らんだように見えた。私から目を逸らして、たい焼きに視線を落とす。
「……俺がたい焼き食べてるの、そんなおかしいかよ」
「えっ!いやそんなつもりじゃなくて……いや……ちょっと可愛いなと思ったのは本当ですが……」
先輩は眉間に皺を寄せながら、舌打ちをする。でもその口元は笑っていた。
「……言いふらすなよ、俺がたい焼き食べてたの。内緒だからな」
「先輩がたい焼き食べてるとみんなが知っても、好感度が上がるだけだと思いますが……」
私の言葉を先輩はハッ、と軽く笑い飛ばした。
「もう卒業だし、誰の好感度をあげるんだっつーの。甘いの好きなのバレる方が恥ずいわ」
「ならこんなところで、たい焼き食べなきゃいいのに……」
つぶやくように言った私に、先輩はバツが悪そうに頭を搔く。
「……温かいうちに食べたいじゃんか」
真剣に困ったようなその顔に、思わずあははと笑ってしまう。
先輩はたい焼きをもう一口かじりながら、無言で私を見つめている。
「じゃあ先輩、秘密にする代わりに……卒業式の日、第二ボタン、私にください」
私は、笑みを浮かべたまま、半分冗談、半分本気で、先輩を見つめる。
先輩は、私を見ながら、静かに残りのたい焼きを平らげた。
「……口止め料な。わかったよ」
そう言って、自転車からひらりと降りると、スクールバッグを担いで駅の方へと消えていった。
背が高くて、ぶっきらぼうなその背中。
卒業式の日、彼はどんな顔で、第二ボタンをくれるんだろう。
春の夕日が、空をオレンジに染めていた。
■セリフ
「内緒だからな」
■三題
・第二ボタン
・たい焼き
・駐輪場
こちら書かせていただきました!
ギリ遅刻!すみません!
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