アオハル
〈春〉
コレを目にして、あるいは耳にして、何を想像するだろうか。
まずは、卒園・卒業。
これは涙なしでは語れない。
私の話でいくと、幼稚園で散々周りの子たちに怪我をさせ(幸い軽かったが)、小学校に入ってからは大人数の学級に居られず特別支援学級に行っていた長男。
「卒業証書授与」で1番最後に名前を呼ばれ、1人歩いていく姿は涙なしでは見られなかった。
それ以外も、4人ともお世話になった10年の幼稚園生活は長くて、それぞれの思い出は語り尽くせないし、中3になって急に進路を変え、スポーツ強豪校に行くことを決めた長女の卒業も、感慨深いものがあった。
そして、春といえば、の転居・転職。
「春の応援キャンペーン!」的な、引っ越し業者のコマーシャルもよく目にする。
新卒で働いた後、3月で退職して今の主人のいる市に引っ越した私。
結婚する、と周りに伝えていたけれど、それは表向きの理由。
実際には、自分の生まれたこの街での暮らし、母の息のかかった職場も家も、窮屈で仕方なかったのだ。
もちろん職場にも嫌気がさしてモチベーションが落ちていたのも事実。
とどのつまり、全てが重なって、「どこかへ行ってしまいたくなった」という感じだった。
雪が解け始めた3月末。
荷物を車に詰め込んで「じゃあね」と言った私をじっと見ていた祖母の顔を、私は忘れないだろう。
「体に気をつけてやるんだよ」
赤ちゃんの頃からずっとそばにいた私が、急にいなくなった、あの心細さ・寂しさと言ったらなかったんだろうな、と、今となっては思う。
祖母が亡くなる前に孫(長女)を抱かせてあげられたことが、少しは恩返しになったかなと思いたい。
…そう、それも3月だったなぁ。

そして、タイトルの〈アオハル〉
卒業式での先生や子どもたちの涙。
卒業生の合唱。
正面玄関前での写真撮影。
笑顔、そしてまた涙。
私の住む地域では、3月はまだ春には程遠く、ある年は大雪が降り、またある年にはすっかり地面が出ている。
それでも雪はそこここらに残っていて、吹き付ける風も冷たい。
春は遠いけれど、眩しい〈アオハル〉はそこいらに溢れている、そんな季節である。
子どもたちを見ていると、(アオハルだなぁ)なんて思う時がたくさんある。
何かに熱中して大笑いして。
かと思ったらケンカして不貞腐れて。
感情が剥き出しで、うまくいかないことだらけ。「わかってるって!」と煩そうな顔をするのにも、もう慣れっこになってきた。
喜んだり怒ったり泣いたり、まあ忙しいったらない。
…私もそんな時があった…
…いや、まてよ。
泣いて、笑って、うまくいかなくて(怒って)、また喜んで。
それは、私だ。
感情を剥き出しな、大人のはずの私ももしかしたら、子どもたちと一緒に〈アオハル〉しているのかもしれないなぁ。

もうすぐ春がやってくる。
少しずつその匂いを感じ始めている。
何かがまた始まる予感を感じている。
新しい季節のはじまり。
〈アオハル〉な日々もまた始まる。
私も、みんなも。
いつも心のどこかに、そんな眩しい日々が、今か今かと眠っているのかもしれない。

