願い事のつづき
七夕が近づいたある日、娘が保育園から短冊を持って帰ってきた。
最近、少しずつ字が書けるようになってきた娘は、私からペンを受け取ると、元気よくキャップを開けた。
そして何の迷いもなく、短冊に3行の文字とかわいらしい絵を書いた。
「んねんり ておさない おきえにた」
最初に見たとき、母である私にも意味が分からなかった。
短冊を前に固まる私に向かって、娘は満面の笑みで言った。
「おてんきおねえさんになりたい!!」

「あぁ!横書きで書いたんやね……!」
ようやく意味が分かった。
短冊は縦書きするものだと先に教えてあげればよかったな、と少し反省しながらも、なんだか自由で、無邪気で、今の娘にしか書けない短冊が愛おしく感じた。
娘は、テレビで見たお天気お姉さんに憧れるようになった。
棒を持って天気のパネルを指しながら話す姿が、とてもかっこよく見えたらしい。
それ以来、娘の「なりたいもの」はほとんど変わらない。
(たまにプリキュアになりたい日もあるけれど。)
自分がテレビに映ったら、遠くに住んでいるじいじやばあばにも見てもらえるから、という理由もあるらしい。
そして、1チャンネル(NHK)のお天気お姉さんになるのだそうだ。
そんな娘の短冊を見て、私はふと、自分が小学生の頃に書いていた願い事を思い出した。
小学6年生まで、毎年短冊に書いていたこと。
「作家になれますように」
小学校の卒業文集には、「いつかベストセラーを書く作家になる」とまで書いていた。
今思えば、ずいぶん大きな夢を書いたものだと思う。
いつの間にか、その夢と向き合うことはなくなった。
成長するにつれ、周りに合わせ、無難に毎日を過ごすことが増えていった。いつしか、「作家になりたい」という夢は、思い出すたびに少し恥ずかしくなるものになっていた。
そんなことを思い出していた数日後の朝、外はものすごい雨だった。
「今日はお外で遊べないね」
そう娘に話しかけると、娘は納得したような顔で言った。
「やっぱりな。わたしがきのうノートにかいたからやわ」
「……どういうこと?」
私が聞くと、娘は部屋の隅へ走っていき、いつもお絵かきに使っているノートを持って戻ってきた。
そして、ページを大きく開いて私の前に差し出した。
「これよこれ!わたしのおてんきノート!おてんきおねえさんになりたいからかいてるねん。これに、あしたはあめがふる、ってかいたから、きょうはあめがふったんやわ」

あまりにもかわいらしい予言の書に、思わず笑ってしまった。
梅雨の時期だから、たまたま雨の絵を描いた翌日に雨が降ることもある。
でも娘は、自分の書いたことが本当になったことが嬉しくてたまらないようだった。
その顔は、とても誇らしげだった。
「あしたはほいくえんのプールがあるから、はれのえをかいとくね!」
そう言って、娘は次のページに太陽の絵を描き始めた。
そんな娘の姿を見て、また昔の自分を思い出した。
本を読むことが好きで、自分でも物語を書いてみたくなり、お気に入りのノートにお話を書いていた。
友達との交換日記では、変なキャラクターを考えて創作漫画を作った。
好きな曲に合わせて、勝手に歌詞を考え、ノートを友達に見せ、一緒に歌ったこともあった。
あの頃の私は、きっと今の娘と同じだった。
なりたいものにつながるかどうかなんて考えず、とにかく好きで、楽しくて、やらずにはいられなかった。
夢を持つことを恥ずかしいと思わず、自分の「好き」にまっすぐだった。
そんなふうに、自分を肯定しながら夢中になれていたのは、いつまでだっただろう。
ふと、そんなことを考えた。
大人になってできることは増えた。
でも、昔好きだったことの中には、今の私には同じようにはできなくなったものもたくさんある。
ドッジボールで上級生の男子を驚かせるほど速い球を投げること。
50メートルを7秒台で走ること。
音楽に身を任せて、好きな衣装を着て、人前で踊ること。
昔の私が夢中になっていたことは、今の私にはもうできないものもある。
得意だったことも、楽しかったことも、過去に置いてきてしまったような気がした。
でも、書くことは今の私にもできる。
できなくなったのではなく、やろうとしていなかっただけなのだ。
明日の晴れを願って、メラメラと燃える太陽の絵を描く娘の隣で、私はスマホを手に取った。
そして、以前から気になっていたnoteを密かにダウンロードした。
あの頃の私が好きだった「書くこと」を、もう一度始めてみようと思った。
娘はまだ4歳。
これからきっと、できることはどんどん増えていく。
自転車に乗れるようになったり、お友達に自分の気持ちをもっと上手に伝えられるようになったり、いつか夢に向かって自分で歩いていけるようになったり。
親である私は、そんな姿をそばで見守っていくものだと思っていた。
でも、娘の成長を見ているつもりが、私自身も娘から大切なことを思い出させてもらっていた。
「好き」という気持ちを大切にすること。
夢を持つことを恥ずかしがらないこと。
やってみたいと思ったら、なりふり構わず、まず一歩踏み出してみること。
子どもの成長は、子どもだけのものではないのかもしれない。
子どもが少しずつ世界を広げていくように、親もまた、子どもとの日々の中で新しい自分に出会いながら成長していく。
今年の七夕、娘は短冊に夢を書き、「おてんきノート」を書き始めた。
私は願い事を書く代わりに、noteにこの文章を書いた。
娘の成長に背中を押されて、私もまた、止まっていた夢へもう一度歩き始めた。

